パン屋日記 #32 用務員の木村さんと侍の花
- パン屋日記

町のパン屋さんで働くフワフワの日々……を想像してパン屋で働き始めた筆者が、味わい深い同僚やとんでもないお客さまとくり広げる必ずしもフワフワではない日々の記録です。
人のやさしさや仕事の本質、心に残る一言から、「かんべんしてくれよ」と思うようなできごとまで。自分や自分の身近な人のことを思い出して、ニヤッとしたりじんわりしたりしていただけたら、これ以上の幸せはありません。
#32 用務員の木村さんと侍の花
少し遅めの、昼休憩。
いただきもののきんつばを
さあ食べようと広げると、
パン屋の専属用務員・木村さんが
ちょうどよくそこに通りかかりました。
「一緒に食べませんか」とお誘いすると、
木村さんは
『ほんならよばれよう(いただこう)かね』
と言いつつもさっとどこかへ。
その場でパッとつまんでいくかと思って
声をかけたのですが、
木村さんは、仕事のキリをつけてから
休憩室に再来し
手を洗って、椅子に座って
「いただきます」
と手を合わせてから食べ始めました。
わたしは用務員の木村さんの、
そういうエレガントなところが大好きです。
「木村さん、あのね
今、裏の土手を散歩してきたら……」
わたしはリュックからスマホを取り出し、
今日のスクープ写真を木村さんに見せました。
花もなく、草もない土手に
ほんのり赤く
ふっくら丸い、木のつぼみが。
木村さんは、めがねを外して
写真をよくよく見てくれました。
『ほお!こりゃあええねえ。
あなたが見つけたん。』
「うん」
『ええねえ』
木村さんは、ていねいに続けました。
『こういうんをね、見つけれん人もおるんよ。
見つけれるけど、
見ても何とも思わん人もおる。
これを見て、心が動く
あなたのその、感性がええねえ。』
木村さんはそれから、
このつぼみはきっと椿で、
椿の花は昔「侍の花」と
呼ばれていたのだと。
それは、花が散るときに
一枚ずつ花びらを落とすのではなく
首からぼとっと落ちる潔さが由来なのだと、
教えてくれました。
木村さんに見せてよかったな、と思った
わたしの一つ目の
小さい春なのでした。
今日の食パンアレンジ ♯06
FLAG!vol.04「&パン」での企画で、実際に編集が30品目の食パンアレンジを試食してグラフ化した企画。意外とね、おいしいアレンジあるんです! そうでないものも、ありましたが……。興味ある方は、ぜひお試しあれ!(担当編集のぼやき)
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甲斐寛子[フォトライター]
愛媛県出身。大学進学を機に広島へ。卒業後いったんは地元で就職するも、あまりに広島が好きすぎて再移住。好きな食べ物は焼き立てのパン。現在はパン屋さんで働きつつ、地域情報や企業インタビューを書くフォトライターとして活動中。
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