
パン屋日記 #7 8月のイヤリング
- パン屋日記
町のパン屋さんで働くフワフワの日々……を想像してパン屋で働き始めた筆者が、味わい深い同僚やとんでもないお客さまとくり広げる必ずしもフワフワではない日々の記録です。
人のやさしさや仕事の本質、心に残る一言から、「かんべんしてくれよ」と思うようなできごとまで。自分や自分の身近な人のことを思い出して、ニヤッとしたりじんわりしたりしていただけたら、これ以上の幸せはありません。
#7 8月のイヤリング
「笑顔の素敵なお客さま」という名前の
お客さまがいらっしゃいます。
「笑顔の素敵なお客さま」が帰られた後のお席に、
イヤリングが落ちていました。
すみれ色の、いかにも似合いそうな
繊細な飾りがついています。
他のスタッフにも伝えに行きました。
「今日、6番テーブルに落とし物がありました」
『はい』
「女性の方で、髪は肩くらいで、いつもお2人で来られる」
『はい』
「あの、笑顔の素敵なお客さまです」
『ああ! あの、笑顔の素敵なお客さま』
すぐに通じました。
イヤリングは、
「8月 笑顔の素敵なお客さま」というメモとともに、
引き出しの中にしまわれました。
時は過ぎて、12月。
あるお客さまのカトラリーをセットしたときに、
何か違和感がありました。
(この人、見覚えがある。)
「ありがとうございます」と
目を合わせてにこっとしてくださった瞬間、
思い出しました。
「笑顔の素敵なお客さま」です。
引き出しからイヤリングを引っぱり出し、
「お客さま、今年の8月にイヤリングを落とされませんでしたか」
と尋ねました。
お客さまはずいぶんびっくりして、
「す、すごいですね! ありがとうございます」
とおっしゃっていましたが、
8月のイヤリングを持ち主の所まで運んで行ったのは、
スタッフではなく
「笑顔の素敵なお客さま」の、素敵な笑顔なのです。
笑顔ってすごいなあ、と
しみじみと思ったのでした。
今日のパン「食パン」
特別の味付けをしないで箱型に入れて焼いたパン。こうして言葉にして説明すると、物足りなさを感じて悲しくなる。でも、シンプルでいちばん「パンの味」がわかるパン。
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