パン屋日記 #6 パン屋と動物たちの仁義なき闘い
- パン屋日記

町のパン屋さんで働くフワフワの日々……を想像してパン屋で働き始めた筆者が、味わい深い同僚やとんでもないお客さまとくり広げる必ずしもフワフワではない日々の記録です。
人のやさしさや仕事の本質、心に残る一言から、「かんべんしてくれよ」と思うようなできごとまで。自分や自分の身近な人のことを思い出して、ニヤッとしたりじんわりしたりしていただけたら、これ以上の幸せはありません。
#6 パン屋と動物たちの仁義なき闘い
パン屋は日々、動物たちとの
仁義なき闘いの連続です。
トンボがシャンデリアから降りてこなくなって
レストランを封鎖したり、
アリがコーヒーシュガーの中でおぼれていたり、
お客様が生きたネコをバッグに入れて、
ニャーニャーいいながら、持ち込んだりします。
しめ飾りの稲穂は
残らずスズメに食べられ、
飛べないカラスがいつまでも
お店の前で、キレまわっています。
夜になると、
きゅー、かりかりかり
きゅー、かりかりかり
という謎の音がして、
壁と床の境目をのぞくと、
野生のミッキーマウスが「きゃっ」と身をひるがえします。
しっぽの長いハムスターだと思ったら大間違いです。
サイズでいえば、立派な子うさぎです。
ある朝、
「バチバチバチバチッ」と、パン棚で何かが跳ねました。
『すみません、セミが一緒に入ってきちゃったみたいで……』
お客さまが、すまなそうに笑いました。
平成生まれに捕獲できるのは、
全力を出し切ってバッタかてんとう虫。
セミは、無理です。
正直に申し上げました。
「すみません、無理です」
お客さまは、分かってくださいました。
「ですよね〜」
ジャムおじさんも手が離せなかったので、
となりで朝のコーヒーを飲んでいた社長に助けを求めました。
社長は何の装備も持たず少年のようにセミを探しまわり、
「いた!」と言ってうれしそうに
セミを素手でキャッチしました。
わたしはパン窯の前まで、ダッシュで逃げました。
上半期ベストスマイル賞必至の笑顔で、
社長がこちらへとやってきます。
『見てごらん!』
「大丈夫です」
『メスじゃけん!』
メスでもオスでも、無理です。
『クマゼミよ!』
クマゼミでもなにゼミでも、無理です。
社長はベストスマイル賞のまま、
まあるく大事にセミを持って街路樹の方まで行き、
世界に幸せの青い鳥を放つかのように、
ふあっ
とセミを投げて、本社に戻っていきました。
今日のパン「チョココロネ」
生地を角笛の形に焼き、中にチョコレートクリームを詰めた菓子パン。「コルネ」とも言われるがどちらでも構わないらしい。
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甲斐寛子[フォトライター]
愛媛県出身。大学進学を機に広島へ。卒業後いったんは地元で就職するも、あまりに広島が好きすぎて再移住。好きな食べ物は焼き立てのパン。現在はパン屋さんで働きつつ、地域情報や企業インタビューを書くフォトライターとして活動中。
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