コラム 2019/07/29

パン屋日記 #4 瓶ラムネが開かない

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町のパン屋さんで働くフワフワの日々……を想像してパン屋で働き始めた筆者が、味わい深い同僚やとんでもないお客さまとくり広げる必ずしもフワフワではない日々の記録です。

人のやさしさや仕事の本質、心に残る一言から、「かんべんしてくれよ」と思うようなできごとまで。自分や自分の身近な人のことを思い出して、ニヤッとしたりじんわりしたりしていただけたら、これ以上の幸せはありません。

#4 瓶ラムネが開かない

クレームなんて、毎日あります。

レストランからドタドタと、
不機嫌なパートさんがやってきました。

「かいさん! お客さんが
社長呼べって言ってるんで、
社長呼んでください!」

それでは少し、話が急すぎます。

サロンを締めて、口紅を引き直して
「お客さま、どうかされましたか?」と、聞きに行きました。

その立派なおじさまは、
レストランとパン屋のお会計を
一緒に済ませてほしかっただけなのでした。

会計システム上の問題で、
通常はお断りしているのですが、

その方が、
部下の若い男性を連れておられたので、

こちらの方で、
パタパタと行き来をして、

そのように会計を済ませて差し上げました。

わたしがおうかがいした際、その方は

「社長を呼べって言ったんだ!」と言わなかったので、

話の通じる人だ、と思いました。

「話が通じない」のは、こちらの方だったのです。

今日は今日で、
130円の瓶ラムネを買って帰られた年配のお客さまから、
お電話がかかってきました。

ただの電話ではありません。

鬼電です。

「ラムネが開かない。不良品だ!」という趣旨のお電話が、
最も忙しいお昼の時間帯に、
何度も何度も何度もかかってきます。

このままでは営業に支障が出るため、
事務のお姉さんが、お客さまのご自宅まで開けに行きました。

カープのイラストが描かれた130円の瓶ラムネを。

「ガチャン!」

(しゅわーーー)

念のため交換用の商品も持参していたのですが、
夏が終わる前に無事に
開栓できて、よかったです。

昼休憩の後は、なんとなくダルい。

「いらっしゃいませー」とわたしが気の無い声で言うと、

後ろからコツンと頭を小突かれ、
「よっ」と声をかけられました。

あの、「社長呼べ」のおじさまです。

登場の仕方が、
ほとんど彼氏です。

おじさまは、あれから週に1回は必ずお越しになり、
食パンを2、3本
まるごと買っていかれます。

ご自宅用ではありません。

タダで人に配って、
布教してくださっているのです。

「土日がお休みですか」と、お尋ねすると

『自由業よ。俺は、偉いんやけんの』
とおっしゃり、
『まあ、でも、だいたい土日に休んどるかな』と
言い直されました。

休んでもすることが無い、とおっしゃるので
何か趣味とかないんですか、と尋ねると

『釣り! とゴルフ』と言って
片手を上げて、帰って行かれました。

「いいですね~」と、
お背中に向かって申し上げました。

つまりはお店とお客さまが、
相思相愛です。

クレームは、
もちろん無いのが 一番よいのですが

思い出にもなりますし、
きっかけにもなるのです。

 

今日のパン「フランスパン」

フランスのパリ発祥のパンの総称で、バゲットやバタールがよく知られている。硬さが大きな特徴である。

 

<コラム「パン屋日記」#1、#2、#3は下記へ>

 

パン屋日記 #1 お客様という神様

パン屋日記 #2 飛べないカラスのパン屋さん

パン屋日記 #3 あるパン屋での攻防


甲斐寛子

甲斐寛子[フォトライター]

愛媛県出身。大学進学を機に広島へ。卒業後いったんは地元で就職するも、あまりに広島が好きすぎて再移住。好きな食べ物は焼き立てのパン。現在はパン屋さんで働きつつ、地域情報や企業インタビューを書くフォトライターとして活動中。

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