パン屋日記 #29 シェフの好きなもの
- パン屋日記
町のパン屋さんで働くフワフワの日々……を想像してパン屋で働き始めた筆者が、味わい深い同僚やとんでもないお客さまとくり広げる必ずしもフワフワではない日々の記録です。
人のやさしさや仕事の本質、心に残る一言から、「かんべんしてくれよ」と思うようなできごとまで。自分や自分の身近な人のことを思い出して、ニヤッとしたりじんわりしたりしていただけたら、これ以上の幸せはありません。
#29 シェフの好きなもの
まちのパン屋さんに、
とある一流シェフが入社しました。
シェフが来てからというもの、
ランチやお惣菜に、実にたくさんの
野菜が使われるようになりました。
お肉やお魚にかけるソースも、
木の子やフルーツ、野菜を使って
一から手作りで仕込んでいます。
香りや食感を生かしたメニューが多く、
「煮穴子と新ごぼう
いんげんのクリームパスタ」は
クリームのすみずみにまで
新ごぼうの香りが行き渡っていて、
本当に素晴らしかったです。
あるときのランチには、
ファッサファサのとうもろこしを
皮ごと縮小したような謎の野菜が、
そっと添えられていました。
「これ、なあに?」とシェフに尋ねると、
「ヤングコーンです。
この、皮と実の間にある
繊維のところまで食べられます」
と教えてくれました。
皮やひげをむかれる前の
丸ごとのヤングコーンを見たのは
これが初めてで、
人生で一番、
ヤングコーンがヤング・コーンであることに
納得した瞬間でした。
週替わりランチのメニュー名は、
「(野菜)と(野菜)のパスタ」から
「(野菜)と(野菜)と(野菜)のパスタ」になり、
それが
「(野菜)と(野菜)と(野菜)と(野菜)のパスタ」
になった翌週
ついに名前が、
「小エビと野菜たちのパスタ」
に変更になりました。
野菜の数が多すぎて、
メニューに書き切れなくなったのです。
シェフは、珍しい野菜をよく知っています。
「今週のパスタの『コリンキー』って何?
お菓子でそんなのあったよね」
「それはポリンキー!きゃっきゃっ」
と盛り上がるわたしたちに、
「それは、生で食べられるかぼちゃです」と言って
切る前の実物を見せてくれたり、
ちょっと切って食べさせてくれたりします。
ある日、お惣菜の添え物に
きれいな赤色の大根が入っていました。
「ねえねえ、これなあに?紅芯大根?」
わたしの予定では、
「おおっ、甲斐さんったらよく知ってるね」
と褒められるはずだったのですが、
シェフの答えはこうでした。
「それは、紅くるり大根です」
「べに…?」
「くるり。」
そんな愉快な名前の野菜を
にわかには信じることができず、
ネットで調べて、裏を取りました。
紅芯大根よりもみずみずしく
やわらかい大根なのだそうです。
今週のランチは
「鶏もも肉のローストと豆腐フライ
きのこクリームソース生姜風味」と
「合鴨スモークと白葱、なめこ
サラダケールの和風ペペロンチーノ」です。
きのこクリームソースといっても色は赤色で、
きのこ、クリーム、生姜のほかに
トマトと「マデラ酒」という甘いお酒が入っています。
いろいろ入りすぎて正直、
どれが何の味がよく分からないのですが
全部が合わさって、
まるっと美味しかったです。
「ケールって、青汁に入ってるやつ?」
と尋ねると、
「うん。でもこれはサラダ用に栽培したやつだから、
苦くないよ」
とシェフは言いました。
「苦くない」
もう一度言いました。
鶏もも肉のローストには、
縦に割ったゆで卵が添えてありました。
シェフは卵を指さして
小さい声で、
「これはね、鶏と卵で、親子。
パスタはね、鴨と葱で、かもねぎ。
鴨が葱しょってる。ふふふ」
と言いました。
これは、今週のランチの、
わたしたちだけの秘密なのです。
今日の食パンアレンジ ♯03
FLAG!vol.04「&パン」での企画で、実際に編集が30品目の食パンアレンジを試食してグラフ化した企画。意外とね、おいしいアレンジあるんです! そうでないものも、ありましたが……。興味ある方は、ぜひお試しあれ!(担当編集のぼやき)

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