パン屋日記 #31 シェフコンクール
- パン屋日記
町のパン屋さんで働くフワフワの日々……を想像してパン屋で働き始めた筆者が、味わい深い同僚やとんでもないお客さまとくり広げる必ずしもフワフワではない日々の記録です。
人のやさしさや仕事の本質、心に残る一言から、「かんべんしてくれよ」と思うようなできごとまで。自分や自分の身近な人のことを思い出して、ニヤッとしたりじんわりしたりしていただけたら、これ以上の幸せはありません。
#31 シェフコンクール
お店が落ち着いたタイミングで、
シェフにコーヒーを出しました。
お客さまに出せなくなった、
賞味期限切れのものです。
シェフは「おいしい」と言いました。
おいしいわけないのにな、と思いました。
次の日は、新人の子が練習で作った
キャラメルラテを出しました。
シェフは「おいしい」と言って飲みました。
今度は、余ったゆずジャムをお湯で溶かし、
いっぱいの氷を入れて、ゆずジュースにしました。
これは自信作だったので、
「じゃーん」と口で言いながら出しました。
シェフはやっぱり、
目の前で「おいしい」と言って
飲んでくれるのでした。
そんなシェフは、
歴代のコックさんでは
未だかつて見たことのないような
光の速さで、お料理を作ります。
うんと忙しいときも、
暇な時間にぽろっとオーダーが入ったときも
同じ速さで動きます。
時空が歪んだのかと思うほどの
高速アクションは、
やはり少なからず
世界に影響を及ぼすようで
一流シェフもこんなに皿を割るのだと、
坂下先生とわたしは、人生で初めて知りました。
がしゃんがしゃんがしゃん
パリーン
カァーーーン
カランカランカラン
「シェフ、お願い……!」
シェフに聞こえないように、坂下先生が言いました。
「お願い、落ち着いて……。
もう、最高新記録は出たから……」
ドゴン
そうこう言っているうちに、
今度はゆで野菜の入ったずんどうを、
洗いざらい床にぶちまけていました。
手伝いに行くべきか、
気づかないふりをするのが良いか
わたしたちはいつも、
究極の判断を迫られるのでした。
休み明けのシェフが、
顔にあざを作って出勤してきました。
「ころんだの?」とわたしが尋ねると、
「『のぼせ』です」とシェフは言いました。
きのう高熱が出て「のぼせ」になり、
あざができてしまったのだそうです。
「かわいそうに。でも、
昨日はお休みだったから、
不幸中の幸いですね」
と、わたしが言うと、
「それが、昨日はシェフコンクールで
そのためのお休みだったので、大変でした」
と、シェフ。
(シェフコンクール?)
「へーっ、シェフ、コンクールに出たんですか」
と尋ねると、
こんこん、くしゅんと咳をしながら
「僕は、審査員です」と
シェフが言いました。
今日の食パンアレンジ ♯05
FLAG!vol.04「&パン」での企画で、実際に編集が30品目の食パンアレンジを試食してグラフ化した企画。意外とね、おいしいアレンジあるんです! そうでないものも、ありましたが……。興味ある方は、ぜひお試しあれ!(担当編集のぼやき)
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甲斐寛子[フォトライター]
愛媛県出身。大学進学を機に広島へ。卒業後いったんは地元で就職するも、あまりに広島が好きすぎて再移住。好きな食べ物は焼き立てのパン。現在はパン屋さんで働きつつ、地域情報や企業インタビューを書くフォトライターとして活動中。
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