パン屋日記 #17 クマ崎さんのお留守番(4)足りなかったもの
- パン屋日記
町のパン屋さんで働くフワフワの日々……を想像してパン屋で働き始めた筆者が、味わい深い同僚やとんでもないお客さまとくり広げる必ずしもフワフワではない日々の記録です。
人のやさしさや仕事の本質、心に残る一言から、「かんべんしてくれよ」と思うようなできごとまで。自分や自分の身近な人のことを思い出して、ニヤッとしたりじんわりしたりしていただけたら、これ以上の幸せはありません。
#17 クマ崎さんのお留守番(4)足りなかったもの
クマ崎さんのお留守番も、ついに最終日です。
「お電話ありがとうございます。どうぶつベーカリーです」
『甲斐か?』
名乗る前に、名指しです。
クマ崎さんでした。
『今日の定食は何ぞ。』
「シーフードフライ定食で、1,100円です」
『高い』
「すみません」
高くて、すみません。
「ランチ、来られるんですか?」
『分からん』
「そうですか。お待ちしておりますね。」
クマ崎さんは、
うん、と言って電話を切りました。
その日のランチタイム。
『来たぞ』と言って、
レストランではなくパン屋の方に、クマ崎さんがやってきました。
クマ崎さんが朝以外の時間に来店したのは、
この日が初めてでした。
『飯は食うたんか』
「わたしはもう食べました」
『払うちゃるけん、一緒に食え』
「だから、食べたんですってば」
お席にご案内すると、
本日のランチを注文してくださいました。
そして、
『だれか飯を食うとらんやつはおらんのんか。
払うちゃるけん、一緒に食え』
と、みんなに言ってまわるのです。
その時になってやっと、クマ崎さんは、
お昼に食べるものがなくて困っていたのではなく、
お昼を一緒に食べる人がいなくて困っていたのだと分かりました。
クマ崎さんのお食事中、
用事があるふりをして何度もクマ崎さんのそばを通り、
天気の話や、カープの話をしました。
『多い』と文句を言いながらも全部食べきったところが、
クマ崎さんらしいなあと思いました。
さて、
10日間にわたるクマ崎さんのお留守番も、
ようやくおしまいです。
この10日間で分かったことと言えば、
クマ崎さんの奥さまはおそらく、
とんでもなく心が広く、とんでもなくよくできた、
すばらしい方なのだろうということです。
お留守番が終わった翌日には、
この10日間では見たことのないような、
肌ツヤのいいクマ崎さんがやってきました。
あの「悪かったな、ありがとう」の顔をしつつも
『食え』とだけ言って持ってきたのは、
旅行から帰ってきた奥さまに持たされた、
おイタリアのチョコレートでしたとさ。
めでたしめでたし。
今日のパン「ピザトースト」
ピザトースト。大好きです。考えた人は天才だと思ってしまいます。ピザとパンのコラボ! 諸説あるけど、発祥は東京都の喫茶店「紅鹿舎(べにしか)」であるとされる。 ピザが高価だった1964年頃、安価でピザを食べてほしいとの思いで考案されたらしい。優しさがつまったパンなのです。
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甲斐寛子[フォトライター]
愛媛県出身。大学進学を機に広島へ。卒業後いったんは地元で就職するも、あまりに広島が好きすぎて再移住。好きな食べ物は焼き立てのパン。現在はパン屋さんで働きつつ、地域情報や企業インタビューを書くフォトライターとして活動中。
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