コラム 2026/05/01

【今日もえんぴつを片手に。】<第2回>2年目校閲者の10年目上司――「違和感」の先にあるものは?

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社内に一人、“判断の基準”がいます

「生き字引」という言葉があります。

生き字引【いき-じびき】
――経験を積み、よく物事を知っている人。先例や規則に精通していて、その人に聞けばすぐわかるというような人。ウォーキング-ディクショナリー。(広辞苑)

今回コラムで取り上げる私の上司は、まさにこの言葉がぴったりな人です。
そして、私はこの上司との関わりを通して、校閲という仕事の見え方が少しずつ変わりはじめています。

校閲の役割が明確には社内になかった約10年前。

ザメディアジョンに入社した上司は、そこから私が入社するまでの丸8年間、社内の校閲をほとんど一人で担ってきました。
校閲は、見る人の数が増えれば増えるほど見逃しが減っていくものです。

それと同時に、目が増えることは、その分責任が分散するということでもあります。
しかし、上司はこれまで8年間その責任を一人で負ってきた。
どれほどの重圧があったのかなんて、想像するまでもないことです。

“なんとなく”で終わらせない

上司が校閲した原稿を見た先輩たちが、

「すごい」
「よく気付くね」
「ありがとうございます」

そういう言葉を発しているのを日常的に耳にします。

 

上司の校閲のどこがすごいのか。
それは、
「ちょっとした違和感を必ず事実に変換できる」
というところにあります。

まず、私がスルーしてしまうような言葉の誤りを、上司はあまさず拾い上げます。
例えば、少し前に校閲した書籍について、上司の指摘で忘れられないものがあります。

「盲信」という言葉。読みは【もうーしん】です。

一方、同じ読みの漢字違いで、「妄信」もあります。
それぞれの意味は、以下の通りです。

盲信【もう-しん】――わけもわからずに信じこむこと。

妄信【もう-しん】――理由もなく信ずること。ぼうしん。 (広辞苑)

こうして見ると、意味のニュアンスが違う言葉であることがわかります。
書籍では【盲信】の方が使われていたのですが、
上記の通り【盲信】はどちらかというと差別的なニュアンスを含む言葉で、
書籍の内容的にも、使用するべきは【妄信】の方でした。

 

しかし、
果たして長い書籍の校閲をしている中でこの言葉を目にしたとき、
違和感を持てるかどうか。

初読を担当した私はこの言葉をスルーし、
上司の検品で指摘が入りました。

「ほとんど同じ意味じゃないか?」
「そんな些細な違いを読者は気にするのか?」

という意見もあるかもしれませんが、
校閲を仕事にする上で、
こういう指摘ができることこそが実力だと考えますし、
できなければならないと思います。

 

それから、
上司の指摘は、誰が読んでもわかりやすい。

一方で、私の指摘は先輩方に「これ、どういう意味?」
と質問させてしまうことが、しばしばあります。

上司はとても論理的な人で、目の前の違和感を構造的に、客観的に指摘することができます。
私はというと、自分の違和感を指摘に落とし込もうとすると、感情が先行して余分な言葉をつけてしまったり、知識や語彙力が足りず、逆に説明が不足してしまったりします。

 

なぜ、私は上司のような指摘ができないのか?

 

単純な経験や知識の差ではなく、明確な理由があることに気が付きました。
それは、「違和感の中には必ず事実がある」ということです。

 

学生の頃、校閲者に憧れていた私は、心のどこかで「自分の好みを文章に落とし込める」と思っていたのかもしれません。

しかし、校閲で優先すべきは自分の好みではなく、その語や表現が正しいのか否かという事実を見ることだと考えます。
表現への好みはむしろノイズで、違和感を感じたときには、それがどんな事実に基づくものなのかを見極めなければならないのです。
例えば「語の誤り」なのか、「文法の誤り」なのか、「文脈が適切でない」のか、はたまた「単なる好み」なのか——それらを適切に判断し、説明することこそが、校閲者の仕事だと気付きました。

感覚を、言葉にするということ

私と上司の校閲の質には、埋めがたい差がある。
情けないですが、これも事実です。
しかし、社会人2年目に突入した私は、「なんでこんなに上司と校閲の力に差があるんだろう?」という違和感の中に、「感覚を言語化できる力が不足している」という事実を見つけることができました。

 

私には圧倒的な実力を持つ上司がいます。
何をすればいいかは明確になってきています。

上司の校閲の力を間近で学び、少しずつ自分の力に変えていくこと。
小さな誤りにも気付ける力と、感覚を言葉にする力を得ること。
そして、いつか上司のように、些細な違和感をそのままにせず、必ず言葉にできる校閲者になることを目指します。

そのために、目の前の言葉に毎日真剣に向き合い続ける。
そういう日々を積み重ねていきたいと思います。

<バックナンバー>

【今日もえんぴつを片手に。】<第1回>校閲の世界は、思った以上に複雑で、答えのないものでした。


矢野桃菜

矢野桃菜[株式会社ザメディアジョン メディアマーケティング事業部]

[株式会社ザメディアジョン 校正・校閲担当] 2025年入社。幼いころから出版社に入社することに憧れており、大学時代に校正・校閲の勉強を始める。ザメディアジョンに入社してからは、上司の指導のもと自社媒体のチェックを行っている。最近は編集も勉強中。趣味は音楽を聴くことと読書。

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