取材NGの宿で誓ったこと 秘湯・中村旅館のページに込めた「私の使命」
- 中村旅館
- 温鉄
- 湯抱温泉
「たとえ断られても、
ここだけは諦められない」

今回の『温鉄』において、
私たちがどうしても外せなかった場所があります。
それは、
三江線の代替バスに揺られて辿り着く、
湯抱温泉「中村旅館」さんです。
実は、
事前の噂では「取材はあまり受けられないらしい」と聞いていました。
共著者の中野一行さんと二人、覚悟を決めて宿の門を叩きましたが、
案の定、最初は首を縦に振ってはいただけませんでした。
しかし、私は引き下がることができませんでした。
「三江線がきっかけで、私はこの沿線の町が大好きになりました。
鉄道はなくなっても、私の大好きな地域はこれからも、
ここにあります。
美しい自然と温かい人々。
そこにこうして素晴らしい温泉が守り続けられている—。
この地域の魅力を多くの人に伝えたいのです」
震える声で精一杯の想いを伝えたとき、
宿の方の表情がふっと和らぎ、
「……わかりました」と言ってくださいました。
安堵というよりも、背筋が伸びるような思いでした。
「こうして取材を受け入れてくださった、
この宿の想いをちゃんと届けたい。
それがこの本を出版する本当の意味なんだ」と。
本編のページをめくっていただく際、
この背景にある物語を感じていただければ、
湯船から立ち上る湯気の向こう側に、
また違う景色が見えてくるはずです。
コンセプトのために削った、
幻の「今福線」

もう一つ、読者の皆さまにだけお話ししたい「葛藤」があります。
島根県浜田市にある未成線、広浜鉄道・今福線の遺構です。
一度も列車が走ることのなかった幻の鉄路。
その遺構と名湯を巡るルートは、
私自身のこだわりが詰まった最高の一章になるはずでした。
ところが、
いざ現地へ行くと、
公共交通機関だけではどうしても巡りきれないという
現実に直面しました。
「鉄道とバスで行く」という本書のコンセプトを貫くため、
断腸の思いで本編から削る決断をしたのです。
けれど、
どうしても捨てきれなかったこのエピソードは、
「番外編」として一冊の付録にまとめました。
サイン会やイベントでの購入特典として特別にお配りしています。
本編とあわせて、この「幻の第10章」を手に入れていただければ、
私の旅の執念がようやく完結します。
温泉ソムリエと見つけた、
一泊二日の深い癒やし

本書の旅は、
一人ではなく温泉ソムリエの中野さんと二人だったからこそ、
たどり着けた答えがあります。
それは、「温泉は、宿泊してこそ真価がわかる」ということです。
これまでは日帰りで十分だと思っていましたが、
鉄道で時間をかけて向かい、ゆったりと湯に漬かって、その土地の料理を楽しみ、翌朝も静寂の中で朝風呂に浸かる。
この「のんびり」の深さは、
日帰り旅では決して味わえないものでした。
普段はクルマ派の中野さんも、
「運転から解放されて風景に没頭できる
鉄道旅は、これ以上ない贅沢」と、
その価値を再発見してくれました。
旅の続きは、
紙の手触りとともに
ウェブの記事は「スピード感」を大切にしていますが、
紙の本である『温鉄』には「没入感」を詰め込みました。
一文一文を短く、
心地よいリズムで書き直したのは、
読者の皆さんに旅の空気感を
ダイレクトに感じてほしかったからです。
温泉が好きな方は、ぜひ一度列車に乗ってみてください。
鉄道が好きな方は、駅から少し足を伸ばして、
本で紹介したお湯に浸かってみてください。
旅は、心の洗濯。
この本を片手に、
あなただけの「のんびり」を見つける旅へ出かけてみませんか。

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温鉄
やまもとのりこ[ローカル線鉄旅ライター]
ローカル線に乗って旅をするのが大好きなライター。そんな仲間を増やすべく、ローカル線沿線の観光ガイド本を手がけている。著書「中国地方ローカル線の旅ガイドブック」「ローカル線で行こう!鉄旅ガイド」HPは https://writer-norikoyamamoto.jimdofree.com
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