パン屋日記 #13 立派なコックさんと熱帯魚のぶくぶく
- パン屋日記
町のパン屋さんで働くフワフワの日々……を想像してパン屋で働き始めた筆者が、味わい深い同僚やとんでもないお客さまとくり広げる必ずしもフワフワではない日々の記録です。
人のやさしさや仕事の本質、心に残る一言から、「かんべんしてくれよ」と思うようなできごとまで。自分や自分の身近な人のことを思い出して、ニヤッとしたりじんわりしたりしていただけたら、これ以上の幸せはありません。
#13 立派なコックさんと熱帯魚のぶくぶく
パン屋に併設するレストランに、
立派なコックさんが入りました。
あまりに立派なレストランで、
総料理長だった人だそうです。
コックさんは、
社歴の長い社員をひと足飛びに追い越し、
最初の最初から、
トップ・オブ・ザ・コックさんとして入社しました。
つい先週まで、
「豚肉の生姜焼き」や
「牛肉とごぼうの柳川風」
なんかを出していた日替わりランチが、
ある日突然、
ガチのフレンチに切り替わりました。
なんちゃらとプティトマトの
アーリオオーリオ
なんちゃらとなんちゃらのポワレ
赤ワインビネガーソース
ミートソースパスタは、
「ボロネーゼ」でさえありません。
「ポロネース」です。
フランス語では、
ポロネースと言うのだそうです。
ある日社長が内定者を店に呼んで、
営業時間外に晩餐会を開きました。
ほかのコックさん2人は、さっと帰宅。
毎朝、早くから働いているので、
こんなことにまで、
付き合っていられないのです。
晩餐会の食事は、
フレンチのフルコースでした。
「これ、一人でやるの? 朝早くから、大変ですね」
と声をかけると、
立派なコックさんは、
ちょっとだけ恥ずかしそうに
『好きだから、大丈夫です』
と言いました。
『デザートが2つ余るんだけど、いる?』
と尋ねられ、
わたしは食い気味で「ハイ」と答えました。
濃厚でなめらかな手づくりのミルクプリンに、
さわやかな風味のふわっふわの泡が、
こんもりとのっています。
「この泡、どうやって作ったの?」
と尋ねると、
『それは、ミント。
熱帯魚の、ぶくぶくするやつがあるでしょう。
あれにミントと大豆のレシチンを入れると、そうなります。』
と教えてくれました。
すごいし、面白いし、
おいしかったです。
今日だけのために作られたその特別コースの名前は、
「アミューズamuse」でした。
秋の実りがふんだんに使われた
明るく喜びに満ちたお品書きで、
内定者を歓迎する会には、
あまりにぴったりでした。
斜に構えたような気持ちが
すっかり無くなり、
今ではうっかり、
コックさんの大ファンになってしまったのでした。
今日のパン「カレーパン」
カレーを具とする調理パンの一種。決まった定義はなく、ほとんどの市販製品は衣を付けて揚げもしくは焼いて提供されている。今更言うことでもないけど、カレーをパンに入れた人は天才だと思う。(コラム担当編集のぼやき)
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甲斐寛子[フォトライター]
愛媛県出身。大学進学を機に広島へ。卒業後いったんは地元で就職するも、あまりに広島が好きすぎて再移住。好きな食べ物は焼き立てのパン。現在はパン屋さんで働きつつ、地域情報や企業インタビューを書くフォトライターとして活動中。
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