パン屋日記 #8 用務員の木村さん
- パン屋日記
町のパン屋さんで働くフワフワの日々……を想像してパン屋で働き始めた筆者が、味わい深い同僚やとんでもないお客さまとくり広げる必ずしもフワフワではない日々の記録です。
人のやさしさや仕事の本質、心に残る一言から、「かんべんしてくれよ」と思うようなできごとまで。自分や自分の身近な人のことを思い出して、ニヤッとしたりじんわりしたりしていただけたら、これ以上の幸せはありません。
#8 用務員の木村さん
うちのパン屋で一番いい仕事をするのは、
用務員の木村さんです。
木村さんは、仕事が壮絶に早いです。
おはようございます、とあいさつをする頃には
「あの赤い自転車、あなたの?
空気なかったけん入れといたよ」といった具合に
従業員の自転車に、もう空気が入っています。
「空気入れた方がいいよ」でも
「空気入れとこうか?」でもありません。
もう「入れといた」のです。
これほど早い仕事はありません。
あくる日、木村さんに声をかけられました。
「あの赤い自転車、あなたの?」
「いや、今日はバスなんで違います」と答えると
「ありゃ、しもた。空気ないけん入れといたんよ。
まあいいか。ははは」
木村さんはもう、知らない人の自転車にも
空気を入れてくれるのでした。
木村さんは、なんでも直します。
休憩室の時計が、止まってしまいました。
電池を交換しましたが、電池の接続部の
銀色のバネのような部品がさびてしまっていて、
使いものになりません。
あきらめて裏にさげておきました。
翌日、木村さんが言いました。
「あれね、時計、直しといたけん」
「いや、木村さん。
あれはもう、電池の接続のところがさびてしまっていて、
電池を替えても動かないんです」
「そうそう、やけんその、バネのところを
作って付けといたけんね」
(え?)
パン屋がざわつきました。
(あれって、作れるんだ……)
電池の両側の、あれです。
この世で、少なくとも
このパン屋の中にあるもので
木村さんに作れないものなど、無いのです。
パン屋に曜日ごとの定休日はありませんが、
年に1回、お盆明けに
「店休日」というものがあります。
店が、休む、日。
これほど素晴らしい日は、ありません。
お盆の激務の中で唯一の希望の光です。
みんな心待ちにしています。
休みたくてしかたないのです。
そして、この日を心待ちにしていたのは
木村さんもまた同様でした。
店休日の翌日、
出勤してみてびっくり。
裏の通用口の、ドアという全てのドアが
塗りたてのペンキで、まっしろぴかぴかでした。
休憩室のドアを開けて、さらにびっくり。
床の油汚れがすっかり無くなり、
まっしろぴかぴかでした。
休憩室と通用口というのは
人の出入りが多すぎて
仕事がある時には、
きれいにできないのです。
木村さんは、みんなが休みの日にこそ働きます。
ペンキを塗り、床を磨き上げる日を、
虎視眈眈と狙っていたのです。
今日のパン「ジャムパン」
最初に作られていたジャムパンはあんずのジャムが主流だったが、時代の流れと共にイチゴジャムやリンゴジャムのものが増えた。
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甲斐寛子[フォトライター]
愛媛県出身。大学進学を機に広島へ。卒業後いったんは地元で就職するも、あまりに広島が好きすぎて再移住。好きな食べ物は焼き立てのパン。現在はパン屋さんで働きつつ、地域情報や企業インタビューを書くフォトライターとして活動中。
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