【今日もえんぴつを片手に。】<第7回>校閲者と編集者 編集の先輩を信じること
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「書籍」の校閲
第4回、第5回と、ザメディアジョンの出版物のジャンルについて、編集の先輩方との関わりを通して何を学んだのかを書いてきました。
第6回で寄り道を挟んで今回は、「書籍」のジャンルについて書こうと思います。
本や校閲と聞いてぱっと思い浮かぶのは、やはり書籍ではないでしょうか。
そして、書籍に関わる校閲者としては、原稿を山積みにしてひたすら机に向き合っている姿が想像しやすいかもしれません。
ですが、現在、私にとって書籍の校閲は、「校閲者」として編集者とコミュニケーションを取る機会がとても多いものであると感じています。
どういう意味か、掘り下げていこうと思います。
書籍の校閲はジャンルでまとめられない?
一口に書籍と言っても、その内容は担当する編集者によって全く変わってきます。
ビジネス書や実用書、エンタメ系やエッセイなど、編集者ごとにメインで担当するジャンルにばらつきがあるからです。
また、校閲者に求める作業も編集者によって異なります。
素読み(文章自体を読む)、表記統一(用語の表記が揃っているかを確認する)、事実確認(文章の内容が事実に即しているかを確認する)……3つ全ての依頼がくるときもあれば、素読みだけでいいよ、という場合もあります。
このように、一冊一冊への向き合い方が全く異なってくるのが書籍の校閲です。
そのため、私は書籍の校閲には一定の指標がないと感じています。
例えば観光や住宅のジャンルにはある程度のフォーマットがあり、確認すべきポイントも一定です。毎号扱う情報は似ているため、「ここは必ず確認しなければならない」という項目が見えているのです(わかっていても量が多く、見逃してしまうことが多いですが……)。
一方、書籍にはほとんどフォーマットがなく、内容やジャンルによって、調べるべきことも全く異なります。
そのため、毎回の校閲がゼロからスタートする感覚があります。
編集の先輩とのやりとり
私が書籍の校閲をする際に一つの目安にしているのが、編集の先輩方がその本をどう見ているか、ということです。
私は書籍の校閲は、誌面上で編集の先輩とメッセージのやり取りをするようなものだと捉えています。
例えば校閲をしていて違和感を持った際、その疑問を投げかける先は編集の先輩方です。
しかし、校閲のどの指摘が反映され、どの指摘は反映されなかったかは、編集の先輩からは知らされません。
そのため、疑問に対する答えを知るのは、完成した書籍を手に取った時になります。
あくまで私だけかもしれませんが、自分の指摘が生きた箇所と原文が生きた箇所を知ることはとても楽しく、勉強になるものです。
次回の校閲の際に、どういう指摘が必要で、どういう指摘が不必要かを考え、実践できるからです。
また、直接のフィードバックではなくても、指摘が反映されたかどうかを知ることは、私にとって先輩からのアドバイスのようなものです。
一冊の校閲で学んだことを次の校閲に反映してみて、さらにその反応を受けて次の校閲に反映する……この作業は一見壁打ちのように見えて、編集の先輩が存在していなければできないことです。
編集の先輩方が、校閲からの指摘を一つずつ検討し、反映の有無を判断してくれていることを前提としての作業なのです。
これを受けて私が最近の校閲で大切にしているのが、「申し送り」の存在です。
誌面に直接書き入れる指摘とは別に、
「こういう記載については、あえて指摘を入れずそのままとしています」
「この箇所は校閲では判断しきれないので、検討をお願いします」
というように、該当の書籍全体を通した傾向に対してコメントを入れるものです。
コメントには、単なる語の統一から、言語化しきれない、文章の雰囲気のようなものまでさまざまなものがあります。
そして、申し送りに力を入れるようになって、少しずつ、不要な指摘と必要な指摘の区別をつけようという視点が育ってきました。
この申し送りに対して、先輩からさらに疑問をもらえることも少しずつ増え、学びの速度が上がっている気もします。
実際の先輩との関わり方
実は、このコラムも毎回編集の先輩に読んでいただいています。
「このコラムを読んでいる人はこの内容よりも、校閲の仕事の内容を面白いと思うだろうから、結論はこの方向にしましょう」
「一つのコラムでは書きたいことを一つに絞って、結論がブレないようにしましょう」
などなど、毎回丁寧にアドバイスを頂けるおかげで、私はすっかり持ち上げられてしまって、まるで著者にでもなった気分です。
先輩のアドバイスは、校閲者として文章を読む視点とは全く異なり、毎回新たな気づきの連続です。
編集としての経験が足りていない私ではとても思いつかないような視点もあり、先輩への尊敬の念が育っていきます。
それだけでなく、先輩の視点を知ることで、校閲をする際にも
「この表現には少し違和感があるけれど、先輩はあえてこのまま残しているのだろう」
という、先輩の視点を信頼することにもつながっていっています。
もちろん、校閲の仕事として違和感をそのままにすることはしません。
しかし、ただ 「?」や「NO」を書くのではなく、
「この表現はこうも読めるけれど、こういう意図だと受け取って、OKとします」
というように、指摘の内容にも変化が生まれてきました。
他のジャンルに関して、編集者と校閲者の仕事の違いは再三述べてきましたが、それと同時に、編集の先輩方への信頼感も積み重なっているのです。
編集の先輩方の数だけ、書籍には込められた想いやこだわりがあると感じています。
そして、校閲にはただ一つの答えがないからこそ、書籍に込められた編集の先輩方の想いやこだわりを知り、それを踏まえて自分なりに判断していくことに、書籍の校閲の面白さと奥深さがあるのではないかと考えています。
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