映画『海辺の映画館―キネマの玉手箱』公開前に読んでおきたい! 大林宣彦監督が書籍で語る「人生の最後に伝えたいこと」
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2年ほど前のある日、テレビをつけると、壇上の椅子に腰をかけ、やさしいまなざしで若者たちに語り掛ける男性の姿が映った。
「もし今日が人生最後だったら、あなたは何を語りますか?」
そんな問いのもと、著名人が特別授業を行うNHKのドキュメンタリー番組『最後の講義』の一場面だった。
テレビ画面の向こう側にいた男性は、尾道市出身の映画監督・大林宣彦さん。
終盤しか見ることができなかったが、穏やかな口調ながらも力強い言葉の一つ一つに、胸が熱くなったのを覚えている。
そして今年。その講義が未放送部分も含めた完全版として書籍化されたと知り、早速手に取り本を開くと
2年前に聞いた独特の口調がよみがえり、再び力強く語りかけてきた。
映画とはフィロソフィーである
2016年8月にステージ4の肺がんで余命3カ月を宣告された大林監督。告げられた命の期限から1年以上が経過している2017年12月、映画業界を志す学生を前に行われたこの講義には、「未来のために、ぼくが知っている過去のことを伝えなければならない」と強い覚悟で臨んでいた。
「これから過去の話をしますが、皆さんの未来に役立つ話だと思って聞いてください」
監督自身が世の中が驚くような映画をつくり続けていられるのは、誰よりも多く世界中の映画を観てきたからだという。そして、未来の映画をつくるには過去の映画を知ることが大切なのだと、国内外の作品を挙げながら、作品ができた時代背景やその監督のバックボーンなどを交え、映画の歴史や魅力が次々と語られていく。
なかでもこの講義の核心としているのが、「映画はフィロソフィー(=哲学)である」ということ。これからの映画界を担う学生たちには、フィロソフィーのない映画をつくってはいけないと説き、また観る側にも、映画はを単にエンターテインメントとして楽しむのではなく、その背後にあるフィロソフィーを感じ、自分自身のフィロソフィーを築いてしてほしいと伝える。
映画が持つ力を知る監督の、映画を大切にしてほしいという強い願いが伝わってくる。
大林監督のフィロソフィー
日中戦争さなかの1938年に生まれ、7歳で終戦を迎えた監督。戦争で身近な人を何人も亡くし、幼いながら「明日死ぬかもしれない」「これが最後かもしれない」という覚悟が常にあったという。死を身近に感じていたこと、敗戦により一夜にしてそれまでの正義が覆されたこと、「死ななかった自分は卑怯だ」と恥の意識に苛まれていたこと、短刀を前に母親との死を覚悟した夜のこと……。幼い日の記憶に深く刻まれた戦争は、「反戦」「平和」という大林監督のフィロソフィーとなった。
一方で、楽しい記憶として刻まれたのが映画だった。たまたま見つけた映写機のオモチャで絵を動かす面白さに出合い、幼いころから数多くの映画を観ることができる環境にもあったそうだ。医者の家に生まれ、医学部を受験しながらも試験途中で抜け出し、父親に大好きな映画をつくりたいと伝えた時には「自分がやりたい道を行けるのは平和な証拠」と、すぐに認めてもらえたという。このことはきっと、その後も監督の背中を押し続けたのだろう。学生たちには、自分が伝えたいことを真っすぐに表現すればよいとエールを送る。
また、親交のあった映画監督の黒澤明さん、小津安二郎さん、山田洋二さん、新藤兼人さん、落語家の立川談志さんなど、ともに戦中・敗戦後の世を生きた各界のレジェンドたちとのエピソードも語られ、表現方法は違っても、彼らの根底に共通して強烈な戦争体験が流れていることがわかる。
「売れなくても今つくるべきフィロソフィーのある映画をつくり続ける」
同じ時代を生きた人たちのためにも、監督は、一貫して「反戦」「平和」を描き続けたのだ。
私たちが未来のためにできること
「戦争や病気ごときに殺されねえぞ。世界が平和になるまで生き抜いて、間違いなく平和にしてやるからな」
「戦争などなくなり、映画なんてもういらない、となる日が来るまで、ぼくは映画をつくり続けていくつもりです。ぼくが道半ばにしてこの世を去るようなことになったら、そのときはどうか続きを引き受けてください」
「映画では、平和を引き寄せられます。本当にそれができるんだから。頼むよ、みんな。」
どのページにも、映画の力を信じ、平和を希求する真っすぐな言葉が溢れ、最後のページには直筆のメッセージが綴られている。
今年の4月10日、大林監督は82歳で亡くなった。2018年の夏に撮影された最新作『海辺の映画館―キネマの玉手箱』は、当初この日が公開日。新型コロナウイルスの影響で延期となり、広島が一年の内で最も平和への祈りで包まれる8月6日を目前に公開される。病を押して何かをすることは「命を削って」と表現されるかもしれない。しかし本書を読むと、監督には「命を磨いて」という言葉の方が似合う気がする。映画への愛情と、何としても伝えなければならないという強い思いが、監督の命をキラキラと輝かせていたように感じる。
私たちが生きている今を「戦前」にしないために、戦争を知らない世代がこれから戦争に巻き込まれることがないように、映画に未来の平和を託してきた大林監督。
幸いにも私たちは、監督が残した作品の多くをいつでも見ることができる。そこに込められたメッセージを受け取り、平和な未来が実現できるようにつないでいきたい。
■記事で紹介した書籍■
『最後の講義 完全版 大林宣彦』(主婦の友社)
各界の偉人が登場した話題の番組「最後の講義」(NHK)未放送分を含む完全書籍化!日本映画界のレジェンドが語る。
●7月31日(金)公開 『海辺の映画館―キネマの玉手箱』
大林宣彦監督が20年振りに故郷「尾道」で撮影した、圧倒的な映像世界で贈る最新作は、映画少年時代からの大林宣彦のすべてが凝縮された「大林版ニュー・シネマ・パラダイス」というべき作品。娯楽作でありながら、底辺に流れるのは「戦争」に対する辛辣なメッセージであり、それに打ち勝てるのは「映画」であると力強く伝えます。 新たな変革を求められている“今”、新しいエンターテインメント作品として、戦後75年を迎えた2020年に問いかけます。
【Story】
尾道の海辺にある唯一の映画館「瀬戸内キネマ」が、閉館を迎えた。
嵐の夜となった最終日のプログラムは、「日本の戦争映画大特集」のオールナイト上映。
上映がはじまると、映画を観ていた青年の毬男(厚木)、鳳介(細山田)、茂(細田)は、突然劇場を襲った稲妻の閃光に包まれ、スクリーンの世界にタイムリープする。
江戸時代から、乱世の幕末、戊辰戦争、日中戦争、太平洋戦争の沖縄……3人は、次第に自分たちが上映中の「戦争映画」の世界を旅していることに気づく。そして戦争の歴史の変遷に伴って、映画の技術もまた白黒サイレント、トーキーから総天然色へと進化し移り変わる。
3人は、映画の中で出会った、希子(吉田)、一美(成海)、和子(山崎)ら無垢なヒロインたちが、戦争の犠牲となっていく姿を目の当たりにしていく。
3人にとって映画は「虚構(嘘)の世界」だが、彼女たちにとっては「現実(真)の世界」。
彼らにも「戦争」が、リアルなものとして迫ってくる。
そして、舞台は原爆投下前夜の広島へ――。
そこで出会ったのは看板女優の園井惠子(常盤)が率いる移動劇団「桜隊」だった。
3人の青年は、「桜隊」を救うため運命を変えようと奔走するのだが……!?
監督:大林宣彦
出演:厚木拓郎、細山田隆人、細田善彦、吉田 玲(新人)、成海璃子、山崎紘菜、常盤貴子
製作:『海辺の映画館-キネマの玉手箱』製作委員会
配給:アスミック・エース
【広島県内上映館】
TOHOシネマズ緑井、八丁座 壱・弐、福山駅前シネマモード、シネマ尾道、T・ジョイ東広島
文/Kco
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