エンタメ 2020/01/11

舞台は広島と大槌町 映画『風の電話』公式フォトブックスタッフ制作秘話

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映画『風の電話』公開間近に控え、ひとあし先に公式フォトブックが1月10日に発売された。
フォトグラファー白浜哲さんの写真と、ライター大須賀あいさんによるインタビューで答えた諏訪敦彦監督、佐々木格さんの素の言葉で構成されている一冊。
映画本編とはまた違ったアプローチの仕方で、映画『風の電話』の魅力、そして『風の電話』の本質に迫っている。

そんなフォトブック制作に携わったスタッフに、制作に対する思いを聞いた。
そこには、映画とは違ったサイドストーリーを伺うことができた。
彼らがフォトブックを制作した意義とは? 

断ろうと思っていた

白浜「映画制作には調子のいいプロデューサーが時々居て、スチールカメラマンである私に『きみ良い写真撮るね~。写真集出すつもりだから頑張って!』と見え透いた嘘を吐いてくるのですが(笑)、今回はほんとに実現してしまったのでとても驚きました。今回のプロデューサー陣は皆さんとても誠実な方々で、ありがたかったです」

白浜哲◆しらはま・さとし◆東京都出身。フォトグラファー。雑誌、広告、ポートレートなどで撮影。2105年「写真新世紀2015」佳作

大須賀「正直、私でいいのかな……と思ったのが率直な感想です。私は、東日本大震災の被災者ではない。広島県を襲った豪雨災害も、家族・親戚・友人のライフラインが絶たれるということはありましたが、直接的被害に直面したわけでもない。つまり、大切な人の「死」を間近にしていない。そして、少額の寄付はしたものの、ボランティア活動にも参加していない。後ろめたい。こんな自分に何がわかるというのだろう?」

大須賀あい◆おおすが・あい◆広島県出身。フリー編集・ライター。広島を拠点に様々な媒体で企画・編集・取材・ライティングを手掛ける他、ラジオ番組にて構成作家を務める

堀友「自分自身も、このお話をいただいた最初の感想は『僕にはできない、というか作る資格がない』って思いました。東日本大震災時、僕は東京にいたんですけど、あの時の何とも言えない衝撃は今でも心をえぐってくるんです。メディアに携わる人間なのに傍観することしかできなかったこと、そんな自分からも目を逸らしてきたこと。そんな自分が携わる資格なんてないなと。だから、本当は違う編集に担当してもらおうと考えてました」

偶然が必然に

堀友「白浜さんが映画のロケ現場で撮影した写真を、ほかのスタッフさんから見させていただいた時、いい写真だなと率直に思ったんです。映画公開にあたって、今作のノベライズが出版されること、パンフレットが出ることも決定していました。だから、企画が被らないように切り口を考えていた中で、白浜さんの写真と出合った。それで、フォトブックにしようと決めたんです」

映画『風の電話』のビジュアルとして多く使われている写真。フォトブックで本体表紙でも使用

白浜「そうなんですか?(笑) ありがとうございます」

堀友「ただ、その時はまだ自分が担当するとは思ってなくて、誰かに引き継ごうとしてました(笑)。決定的だったのは、試写会でまっすぐに目を逸らさずにスクリーンを観る白浜さんを見てしまったことですかね。そのあと、初めて白浜さんとお会いしてフォトブックの制作の件をお伝えしたんです。その時、これは運命だなと思いました。

白浜さんが諏訪さんを敬愛していたこと。そして、作品に対して思いが強いこと。
ハル(モトーラ世理奈さん演じる劇中の主人公)が、広島から大槌に向かったこと。
何より諏訪監督が広島出身であること。

こんな偶然があるのか、と。後日知ったんですけど、フォトブックのデザインをしてくださったデザイナーさんが岩手県出身と聞いたときは、もう、これは必然だったんだなと思いました」

白浜「そこに、呉出身の大須賀さんですからね」

堀友「諏訪監督と佐々木格さんへのインタビューは、大須賀さんしかいないと思ったんですよね」

大須賀「さっきも言ったように、堀友さんから話をいただいた時は、私じゃなくても……といった感じだったんです。でも、そんな心境に変化を与えてくれたのが、堀友さんからの言葉。「大須賀さんしか、いないと思うんだよね」。そして付け加えられた、謎のキャッチコピー「激情型ライターだから」。激情を辞書で調べると、「はげしく沸き起こる感情」とあります。確かに、取材対象物が何であれ、グワッと心を揺さぶられたものに関しては、止めどなく言葉が溢れてくる。書かずにはいられない衝動。書きたい。動きたい。大槌町に行きたい。そう考えだすと、もう止まらなくなってしまいました」

堀友「以前から、大須賀さんのインタビュー文って、熱があると感じていたんです」

大須賀「(笑)。あと、私自身が呉市出身というのも大きかったと思います。主人公ハルの旅の出発は呉から。震災のことについては、恥ずかしいほど知らない、わからないことが多いけれど、大槌町に辿り着く過程、そして大槌に到着したときに、もしかすると、ハルとシンクロするものがあるんじゃないか。そう、思えたんです」

堀友「そこで、僕と大須賀さんに足りないものは『リアル』でした。白浜さんはロケで現場の空気感や、実際に大槌町を訪ねているけど、僕と大須賀さんは経験していない。だから、フォトブックのために追加取材・撮影という名目で、大槌町へ行くことにしたんです。肌で感じたいし、この目でしっかりと見てみたかった。そして、このフォトブック制作にあたり、現地を一度も訪れないのは、映画製作陣や大槌町に失礼だとも思ったんです」

白浜「そして、このフォトブックのコンセプトができたんですよね」

堀友「ハルが辿った足跡を、諏訪監督が振り返るように言葉で紡いでいくロード―ムービーならぬ、ロードフォトギャラリーになればと。そして、ハルや監督が辿った軌跡を、フォトブック制作スタッフが辿って作る。そこに意味があるし、映画とはまた違ったアプローチができると確信したんです」

映画と同じように広島から大槌町へ

白浜「広島から編集の堀友さん、ライターの大須賀さんを迎えてのチームで、まるでハルと共に映画を旅するかのようでした。その旅の過程でその土地の記憶、または映画の記憶と重なるものに足を止めて、それにしっかりと向き合うことができれば、このフォトブックを制作する意義はあるかなと思っていました。だから広島や岩手についての多くの情報を提供するガイドブックのようなものを制作することは避けました」

「東日本大震災津波伝承館いわてTSUNAMIメモリアル」にて

「東日本大震災津波伝承館いわてTSUNAMIメモリアル」にて

堀友「白浜さんに相談したんです。映画を観て『風の電話』へ来る人はいるかもしれないけど、きっと、それは観光目的じゃないと思いますと言われて、おっしゃる通りだなと、余計なガイドはなくしました」

白浜「ただ、巻末には実際に映画製作がロケで使っていたマップは掲載したんです。それは、私たちや諏訪監督やハルがそこにいたんだということを読者に実感してもらえれば、よりこのフォトブックに寄り添えると思ったからなんです」

大須賀「頭の中の被災地のイメージは、テレビのニュースで流れ続けていた、あの光景。あれから8年の時が流れている中、正直足が竦む思いでした。ただただ、自分の頭と心に、見えたもの、聞いたことを焼き付けておこう。そう考えていました。大槌に行く前に、陸前高田市に足を運び、『東日本大震災津波伝承館いわてTSUNAMIメモリアル』を訪れました。海風に誘われるよう防波堤に近づき階段を上ると、目の前にはキラキラと太陽に反射する海。こんなにも美しい海が、あの日に全てを奪ってしまったんだ。そう考えていると、しばらくそこから離れることができなかった」

陸前高田市

堀友「それから、とにかく防波堤の大きさには驚きました。『東日本大震災津波伝承館いわてTSUNAMIメモリアル』が完成していたことも知らなかった。情報化社会で情報過多がゆえに、僕は知らず知らずに情報を選んで生きているんだなという恐怖を感じましたね。だから、実際に現場へ行くというのは、とても大事なことだと痛感しましたね」

大須賀「大槌町は、駅、家、商店、公園、あらゆるものが新築で綺麗な状態。けれど、やはり土地の空白感は否めない。滞在時間が長かったこともあり、町の人とお話もできました。映画製作スタッフや俳優陣が利用した「ひびき鮮魚店」のお母さんは、仮設店舗からお店を再建。震災当日の様子をたくさんお話してくれました。昼食のためのお弁当を買ったら、お惣菜もおすそ分け。牡蠣とワカメを煮付けたものだったのですが、とても美味しかったことを覚えています。コンビニに寄り、レジの方とたわいもない会話をしました。この、たわいもない感が、すごく嬉しかった。目の前にいるのは全然知らない人なのに、その人が、今ここに生きているという現実が、すごく、すごく嬉しくて」

2019年の大槌町。新しい建物が並んでいる

ひびき鮮魚店のおばちゃん(写真右)。明るくて元気だが心の傷はいまだ癒えることはない

堀友「4~6歳ぐらいの子どもたちが、公園で無邪気に遊んでいるんです。この子たちは生まれた時から、この景色を見ていることになるんだなと思うと、8年という歳月は、あまりにも長いなと感じたんです。だから、フォトブックにも❝今の大槌町❞を掲載すること、つまりは記録しておくことは、重要なことだと思いました」

大須賀「少し車を走らせ浪板海岸へ行くとサーファーが1人。体一つ、そしてサーフボード1枚で、海に入り、沖からうねる波をキャッチし、自然と一体になる姿を眺めていました。海と共存する。海と共に生きている。私が趣味でサーフィンをしている故、特別な感情を覚えたのかもしれませんが、グッとこみあげてくるものがありました」

 

震災から8年。少しずつサーファーが戻ってきている

遠浅の海岸が津波によって埋没し、堤防すぐ近くに波が打ち寄せる。波が高いときは堤防を波が跳ね上げることも

堀友「浪板海岸は『風の電話』が近くにある海岸で、ここも津波によって多くの方が犠牲になったエリアなんです。サーフショップの店主に話を聞けば、松の木(約5メートル)の高さまで波が襲ってきたとおっしゃってました。それでも、彼らは再びここに戻ってきた。防波堤を築くことを拒否し、被災前の海岸を取り戻そうとクラウドファンディングして、今、復興に向けて工事が行われている。海との共存という点で、いろいろな考え方があって、どれが正解なのかは分かりませんが、誰しもが海と向き合って生きていることを実感した瞬間でした。これもリアル。フォトブックにも❝今の浪板海岸❞を掲載しています」

大須賀「訪れた全ての町に言えるのは、雰囲気は穏やかながら、重機の音が絶えなかったこと。常にダンプカーや大型トラックが走っている。そして、ぶっちゃけると、聞いたのは明るい未来がある話ばかりではありませんでした。詳しくは言えませんが、本音を話せてもらえたのは、貴重なことだったと思います。8年……、復興という光、悲しみという影。自然の恐ろしさ、人間の強さや弱さ……、岩手滞在の数日間で、名前を付けられない初めての感情を、たくさん受けさせてもらったと思います」

 

大槌町のかつての住宅密集地は、8年たった今でもさら地の場所が

映画の1シーン。公式フォトブックより抜粋掲載。上の写真と同じ場所

諏訪監督と佐々木さんへのインタビュー

大須賀「諏訪監督のお話を聞いていると、自分が学生の頃にタイムスリップしたような感覚を覚えました。柔和な佇まいからは威厳と品格が放たれ、何を言わずとも人を魅了する。そして何かを発すれば、男女問わず、たちまち皆、監督の虜になってしまうのではないかと思います。知的なセンシュアリティも持ち合わせておられ、私はインタビュアーでありながら、教授の話に心酔する、いつかの女学生のようでした(笑)」

諏訪敦彦監督。公式フォトブックより抜粋

堀友「広島に戻ってきてからも、ずっと心酔してましたよね(笑)。僕は、監督が『ハルと旅しているようでした』という言葉をいただいたとき、心の中でガッツポーズしてました(笑)。コンセプトは間違ってなかったって!」

大須賀「佐々木さんからは、生きる力が漲っている感覚を全身で受けました。柔和で、非常に穏やかな方でありながら、絶対にぶれない核を持っていらっしゃる。そして、佐々木さんの奥さん。童話の世界から飛び出してきたようなチャーミングなお方でした。ベルガーディア鯨山取材1日目の終わり、なぜか奥さんにハグしたくなって抱きついちゃったんです(笑)。そしたら、『あれ? 明日も来るんじゃないの?』と。私が返答に困っていると、『そうね、明日は明日。明日のことは誰にもわからないからね』って、笑顔でもう一回ギュッとハグしてくださった。忘れられない瞬間です」

「風の電話」

佐々木格。公式フォトブックより抜粋

堀友「諏訪監督と佐々木さんは、考え方は違うけど、アプローチや根っこの部分は似ていると思いました。それが、今作のカギとなるとも思いますね」

写真のセレクトとデザイン

堀友「写真の構成って、すごく難しいんです。ヴィジュアルでメッセージを伝えるって至難の業なんです。ただ、今回は白浜さんに構成していただくのが適正だと思い、軸はお任せ致しました。そのあとは共に試行錯誤したといった感じです」

白浜「映画公開に合わせて販売される販促物としての書籍には大きく分けて二つあって、ひとつはその映画の制作意図やその過程について過分に説明してしまうものです。こちらはただ一方向的なもので解釈の自由を与えられず個人的には甘すぎるお菓子のようであまり好きではありません。しかし、反対にその書籍自体が映画をより豊かに考えるきっかけを与えてくれるものがあります。それは手紙を詰めた小さな瓶を、必ず受け取ってもらえる誰かの「手」を想像しながら大海原に投げるような、親密で残酷な身振りから生まれるものです。瀬戸内海に向かって投げた言葉や写真が確かな重さと手触りを持って、世界の誰かのもとに漂着すること。そんな想いで写真を選びました」

堀友「写真のセレクトも大事ですが、その写真の流れを壊さずに、写真の良さを殺さないようにするデザインも重要でした。デザイナーの桃林さんとは、僕が学研で勤めていた時からの付き合いで、グラビア写真集もデザインしていたので今回もお願いしました。写真の配置やページの余白など、細かいですけど、数ミリ、数センチ変えるだけでページの印象が変わるんです。そこはなかなか苦労しました」

桃林勝◆ももばやし・まさる◆(写真右)。アートディレクター。雑誌や広告、写真集や書籍など幅広いジャンルでデザインを手掛ける

何度もデザインを変えて納得いくページネーションに

制作を終えて

白浜「こうして質問に答えながら自分が一番このフォトブックが届くのを楽しみにしているんだなと改めて気づきました。諏訪敦彦の映画さえ観ていれば世界を理解できるなんて思っていた学生時代が私にはあって、その時の自分にこの本を見せてあげたいし、『風の電話』に登場するような弱き人々のもとへ、間接的にでも誰かの「声」や「手」を通して届いてくれたらと願っています」

大須賀「月並みですが、映画を見て、多くの方にこのフォトブックを手に取ってもらいたいというのが切なる願いです。しかし映画と関係なく、「あぁ最近、ちょっと生きるの、しんどいな」って思っている方にも、ぜひ読んでいただきたい。生きていると楽しいことばかりではありませんよね。むしろ辛いことのほうが多い。大げさかもしれませんが、お二人の言葉から、フッと差し込む光のようなものが見えてくるかもしれません。なんせ私自身が、諏訪監督と佐々木さんの言葉に救われた張本人です。フォトブックの中での諏訪監督インタビュー文は、「ですます調」で揃えていません。それは紛れもなく、リアルな温度を感じてもらいたかったから。逆に佐々木さんからのお話は、敬体で揃えています。それは、芯の強さを感じてもらいたかったから。そこから、響く「何か」を感じ取ってもらえると嬉しいです」

堀友「10月末にロケに行ってから、12月中旬に制作を終えたのですが、とても長い月日をかけて制作した感覚です。それぐらい、濃い時間を過ごしたんだと思います。映画の中のハルは、どれくらいの時間をかけて広島から大槌へたどり着いたのかは描かれていませんが、このフォトブックを開けば、間違いなく長い旅路を経験することでしょう。それはきっと、写真が語る時間の流れ、諏訪監督や佐々木さんが放つ言葉の時間の流れ、それらがすべてシンクロしたとき、旅路が人生または人生が旅路であるかのように、読み終えたころには新たな光に導かれているかもしれません」

 

「映画『風の電話』公式フォトブック 風の電話」全国書店で発売中。

1500円+税/A5版・4C

<Amazonでも販売中>

映画『風の電話』は1月24日全国ロードショー。
<映画『風の電話』ホームページ>
http://www.kazenodenwa.com/

 


堀友良平

堀友良平[株式会社ザメディアジョンプレス 企画出版編集・FLAG!web編集長]

東京都出身。学研⇒ザメディアジョンプレス。企画出版、SNS、冊子などの編集担当。書籍「古民家カフェ&レストラン広島」などのグルメ観光系や、「川栄李奈、酒都・西条へ」などのエンタメ系なども制作。学研BOMB編集部時にグラビアの深さを知りカメラに夢中

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