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ヤサカくん 広島グルメ探訪記

田万里で、やさしい時間を食べる。

草を刈る音が、今日も田万里の山あいに響いている。
広島県竹原市・田万里町。309人が暮らすこの限界集落は、田が万ある里と書いて“たまり”。その名のとおり、かつては一面に田んぼが広がっていたという。
今、多くは耕作放棄地となりつつあるが、田万里家 RICE DONUT は、食を通してこの土地に、もう一度ゆっくりと息を吹き込もうとしている。

無農薬、除草剤不使用。
害獣に負けずに育った米を粉にし、保存料や着色料を使わずに仕上げた米粉ドーナツは、子どもからお年寄りまで安心して食べられる。ひと口齧れば、どこか懐かしくも新しい素朴な甘さが広がり、心がすーっと丸くなる。
片手の中に収まる小さな輪に、田んぼの風景と、人の手のぬくもりが静かに宿っている。

田万里家は、畑と店、店と人との距離を縮めたいと考えている。
その思いのままに、店には宿泊スペースが併設され、遠くから訪れた人が農業体験に汗を流し、田万里家のフィルターを通して、この町の息遣いに触れることができる。

 

まっすぐな食づくりが生んだ、米粉のピザ。

今年10月、田万里家 RICE DONUT に新しいメニューが加わった。
米粉を使ったピザだ。油は米油、水は水素水。ドーナツと同じく、保存料や着色料は使わない。トッピングの野菜は自家菜園か、近くの農家さんの手によるもの。
「大切な人と囲めるピザであってほしい」という願いが、ひとつひとつににじむ。

米粉の生地はふかふかで、噛むほどにやさしく甘い。驚くほど軽く、食事というより、少し贅沢なおやつのようでもある。重たくならないよう、何度も試作を重ねたという。

トマトソースのマルゲリータは、甘みと酸味のバランスがすっと整っている。時間をかけて煮込まれた赤は、田万里家の情熱の色をそのまま溶かし込んだようで、とろけるモッツァレラと畑の香りが静かに混ざり合う。

ひとりで食べてみて、わかったこと。

店の灯りはあたたかく、「いらっしゃいませ」ではなく「おかえりなさい」。
帰る人には「いってらっしゃい」。
その言葉が自然に交わされる空間は、どこまでもやわらかい。

コロナを経て、飲食の形は大きく変わった。SNSや動画やブランド戦略が重要になった今でも、人をもっとも惹きつけるのは、緊張しない空気なのかもしれない。肩肘を張らず、「おいしいね」と笑い合える時間。田万里家は、それを静かに守り続けている。

私はこの日、ひとりでピザを食べることにした。
丸いピザがテーブルに置かれると、どうしても「誰かと分けるもの」だと思い込んでいたけれど、今日は違った。
ひとりで味わうピザには、また別の美しさがある。気を使わず、会話の間も気にせず、ただ一口ずつ「自分の時間」をいただく。その静けさが、どこか誇らしかった。
田万里が、そっと私を受け入れてくれたような気がした。

食べ終えた皿の上に、バジルソースがひとすじ、光っていた。
その光は、きっと忘れない。

食のすべてに、愛を込めて。
ごちそうさまでした。

 

田万里家 RICE DONUT

基本情報

営業時間10:00-17:00 ※Instagramで要確認
定休日※Instagramで要確認
住所広島県竹原市田万里町1336-4
電話番号050-8887-2128
店舗URLhttps://www.instagram.com/tamari_ya__ricedonut/

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