パン屋日記 #33 坂下先生のコーヒー
- パン屋日記
町のパン屋さんで働くフワフワの日々……を想像してパン屋で働き始めた筆者が、味わい深い同僚やとんでもないお客さまとくり広げる必ずしもフワフワではない日々の記録です。
人のやさしさや仕事の本質、心に残る一言から、「かんべんしてくれよ」と思うようなできごとまで。自分や自分の身近な人のことを思い出して、ニヤッとしたりじんわりしたりしていただけたら、これ以上の幸せはありません。
#33 坂下先生のコーヒー
年下の上司・坂下先生の淹れるコーヒーは、
とてもおいしいです。
わたしがイライラしているとき
坂下先生は黙ってわたしのそばに来て、
同じ仕事を手伝ってくださいます。
わたしが掃除をしていたら掃除を
レジをしていたらレジを
洗い物をしていたら洗い物を
一緒にやってくださり、
『かいさん、
コーヒー、カフェラテ、カプチーノ?』と
何が飲みたいかを、
折を見て尋ねてくださいます。
「カプチーノ」と答えると、
次は『3杯?4杯?』と聞いてくださいます。
これは、お砂糖のことです。
「微糖、2杯」と
直りきっていない機嫌のまま言うと、
本当にちょうどいい甘さの
こんもりとあたたかいカプチーノが出てきます。
ひと口飲んで
ふー、と息を吐くと
また、ちょうど良いエンジンの回転数で
仕事ができるようになります。
ある日わたしが、自分用の
キャラメルラテを作ろうとしていたときのこと。
パン屋のレジが少し混んできたので、
ラテの続きを坂下先生にお願いしました。
マシンのところへ戻ると、
キャラメルラテはすっかりでき上がっており
今日は甘めのものが飲みたかったので、
黙ってシロップを足してパン屋に戻りました。
わたしがパンをさくさく切っていると、
坂下先生がそおっと
こちらの方にいらっしゃいました。
『かいさん、キャラメルラテに、
シロップを入れましたか』
「あっ、はい、すみません。
ちょっと甘めがいいなあと思って、
ワンプッシュ足させていただきました。
あっ、もしかして、まだシロップを
入れてなかったとかですか?」
シロップの規定量は2プッシュなので、
1プッシュだけだと、少し苦いのです。
『かいさん、
お伝えしなければならないことが…』
坂下先生が、うやうやしく言いました。
『かいさん、
今日は甘めがいいかな、と思って』
「え?」
『実はシロップは、3プッシュ入れたんです……』
坂下先生の「思いやり3プッシュ」と
わたしが追加した1プッシュの
コラボレーションにより
わたしのキャラメルラテには今、
規定の倍量のキャラメルシロップが
うっとりと溶け込んでいます。
あらためて坂下先生への
尊敬の念を深くしつつ、
ひたすらに甘いキャラメルラテを
苦笑いしながら飲み干すのでした。
今日の食パンアレンジ ♯07
FLAG!vol.04「&パン」での企画で、実際に編集が30品目の食パンアレンジを試食してグラフ化した企画。意外とね、おいしいアレンジあるんです! そうでないものも、ありましたが……。興味ある方は、ぜひお試しあれ!(担当編集のぼやき)
甲斐寛子[フォトライター]
愛媛県出身。大学進学を機に広島へ。卒業後いったんは地元で就職するも、あまりに広島が好きすぎて再移住。好きな食べ物は焼き立てのパン。現在はパン屋さんで働きつつ、地域情報や企業インタビューを書くフォトライターとして活動中。
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