コラム 2020/07/27

パン屋日記 #45(最終回) 雨の日のタクシー

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さて、

残念ながら今回で最終回となりました。

甲斐さんが書くコラムは、やさしさの中に人のエゴや、ものごとの本質をグサッとえぐりながらも、

読み終えた時はあたたかい気持ちになる不思議な体験をさせていただきました。

またいつか、この場所でコラムを書いてくださると、いいなあ(←他力本願)

って、説得するのが編集の仕事だろ! と言われれば、そうなんですけど……

「書きたい時に、書く」

そんなスタンスでも、よいじゃないと思う、今日この頃です。

 

そんなわけで、最終回をご覧ください!

 

#45(最終回) 雨の日のタクシー

雨の日は、身分の不相応を世界中の人に謝りながら

タクシーで出勤します。

 

「すみません、にこにこ町の

どうぶつベーカリーまでお願いします」

と言うと

 

「あらー、いいねえ。おいしいパン屋さんだねえ」

と、運転手のおじちゃんが言いました。

 

従業員だと言う前に

「おいしいパン屋さんだね」と言われたのがうれしくて

なんだか、変な顔になってしまいました。

 

 

夕方、流川のお姉さんが

「いつものパン」を買いにご来店。

 

お姉さんの昔なじみのジャムおじさんが、

「元気?」と声をかけに来ました。

 

『元気よ。そっちは』

「んー、」

ジャムおじさんは言いました。

「ちょっと、しんどい」

 

人に元気?と聞くときは、

たいてい自分が、元気じゃないときです。

 

流川のお姉さんはさすがの、流川のお姉さんでした。

 

「しんどいよねえ。大変な仕事やもんねえ」

と言った後

「昔、何年前かな、

調理家電が流行った時にサ」

お姉さんはつぶやくように続けました。

 

「ホームベーカリーだけは買わんかったんよねえ。

パン屋さんで買うた方がおいしいもん。」

 

ジャムおじさんは少し目を丸くし

お姉さんはひらひらと手を振って

帰って行きました。

 

 

今日も広島は、雨。

 

従業員だとバレないよう

上着と巻きスカートで制服を隠し

「すみません、

どうぶつベーカリーまでお願いします」

と運転手さんに言いました。

 

おじちゃんは「はい」とだけ言って

車を走らせたのですが

7割ほどきたところで、

ピッとメーターを止めてしまいました。

 

機械の不具合かな?と思っていると

 

「昔、会社が中央センターにあった頃

中央センターのどうぶつベーカリーさんに、

よう行きよったんよ。

まだあるんか、知らんけど

よう行きよったわ」

 

そう言っておじちゃんは

おそらくは従業員だとバレてしまったわたしに、

ずいぶんと安い領収を切ったのでした。

 

どうぶつベーカリーは

なんとなく、創業40年。

おじちゃんが昔行っていたという

中央センターのどうぶつベーカリーは、

場所的にも、年代的にも

わたしとはもちろん 関係がありません。

 

今日おじちゃんのメーターを止めたのは、

今から10年くらい前の

先輩社員の接客なのだと思うと、

なんだかとっても

不思議な気持ちになりました。

 

「ありがとうございました。

中央センター店、まだ、やってます」

そう言ってタクシーを降り、

今日はいつもより、

もうちょっと多く頑張ろうと思ったのでした。

 

(終)

 

今日の食パンアレンジ ♯20(最終回)

FLAG!vol.04「&パン」での企画で、実際に編集が30品目の食パンアレンジを試食してグラフ化した企画。意外とね、おいしいアレンジあるんです! そうでないものも、ありましたが……。興味ある方は、ぜひお試しあれ!(担当編集のぼやき)

 

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甲斐寛子

甲斐寛子[フォトライター]

愛媛県出身。大学進学を機に広島へ。卒業後いったんは地元で就職するも、あまりに広島が好きすぎて再移住。好きな食べ物は焼き立てのパン。現在はパン屋さんで働きつつ、地域情報や企業インタビューを書くフォトライターとして活動中。

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