パン屋日記 #35 最後のふなっしー
- パン屋日記

町のパン屋さんで働くフワフワの日々……を想像してパン屋で働き始めた筆者が、味わい深い同僚やとんでもないお客さまとくり広げる必ずしもフワフワではない日々の記録です。
人のやさしさや仕事の本質、心に残る一言から、「かんべんしてくれよ」と思うようなできごとまで。自分や自分の身近な人のことを思い出して、ニヤッとしたりじんわりしたりしていただけたら、これ以上の幸せはありません。
#35 最後のふなっしー
パン屋のスタッフはみんな、
コーヒーの営業の、船津さんのことが大好き。
親しみを込めて、裏ではこっそり
「ふなっしー」と呼んでいます。
ある日ふなっしーが、
知らないお兄さんを連れて
パン屋に併設のレストランにやってきました。
お食事ですか、と尋ねると、
「はいっ。お願いします」と言って
はしっこのテーブルへ。
お客さまとしても
お店を利用してくださるのは、
たくさんの営業さんの中でも
ふなっしーただ一人です。
食事が終わるタイミングで、
「コーヒーは飲まれますか?」と
聞きに行きました。
知らないお兄さんの方が
「えっと…」と言ってメニューを探したので、
「あ、紅茶やジュースもあります」
と付け加えると
「いえっ コーヒーでお願いします!」と、
鼻息荒く、ふなっしーが答えました。
「紅茶でもジュースでも、
どちらにしろ御社から仕入れている商品ですよ」
と笑いながら言うと、
「いえっ。コーヒー屋なので、
コーヒー2つお願いします!」
と目を見開いて答えます。
わたしはふなっしーのそういうところも、
本当に好きだなあと思ったのでした。
知らないお兄さんが席を外したとき
ふなっしーが、
恐縮した様子で切り出しました。
「かいさん。実は僕、
福岡のほうに転勤になりまして。
今日が最後なんです。
連れが新しく担当いたしますので、
また後程ご挨拶させていただけたらと」
急なことに
驚きをかくしきれないわたしに、
「行けと言われれば、どこにでも行くので」
とやわらかく笑う、
サラリーマンふなっしー。
最後のふなっしーに会えて、
本当に良かった。
わたしはそのまま、パン屋のみんなが
いかにふなっしーを愛していたかを、
すっかり説明しました。
3年前、この店から店長がいなくなり
20代の女の子たちだけで
店を回さなければならなくなったとき、
ふなっしーは若い女子社員とも
きちんと敬語で話し、
対等に取引を続け
一人ひとりを名前で呼んでくれた、
唯一の営業さんだったこと。
みんなふなっしーのことが大好きで、
パートさんまでもが裏で船津さんのことを
親しみを込めて
「ふなっしー」と呼んでいたこと。
ジャムおじさんも
ふなっしーのことが大好きで、
ある日ふなっしーが力なく
しょんぼりと手帳を見ていたときは
わたしよりも先に急いでおやつを準備し、
「ふなっしーにあげたいんじゃろ。
あいつ、今日元気ないよな」
と言って持たせてくれたこと。
みんながふなっしーのことを、
見つめていたのです。
ご挨拶も終わり、
ふなっしーが、そろそろ帰ってしまう。
わたしは、
同じくふなっしーのことが大好きな
ジャムおじさんに
これが最後のふなっしーだよ、と
チクリに行きたかったのですが
こちらもこちらで、
レストランにはわたし一人しかおらず
持ち場を離れることができません。
どうしようか、と
思っていたところへ、
とっても恐縮した
ピンク色のふなっしーがやってきました。
「すみません、なんか、
こんなにいただいてしまって……」
これでもか、と言うくらい袋いっぱいに、
パンパンのパンを持たされたふなっしー。
ジャムおじさんらしい、
雑な突っ込み方でした。
坂下先生が、ふなっしーの転勤を
伝えに行ってくださったのです。
「すみません、ありがたく頂戴します」
「はい。身体に気をつけて、
頑張ってください!」
パン屋総出でお見送りをし、
ふなっしーの頰もすっかり桜色になった
とある門出の、あたたかい午後でした。
今日の食パンアレンジ ♯09
FLAG!vol.04「&パン」での企画で、実際に編集が30品目の食パンアレンジを試食してグラフ化した企画。意外とね、おいしいアレンジあるんです! そうでないものも、ありましたが……。興味ある方は、ぜひお試しあれ!(担当編集のぼやき)

甲斐寛子[フォトライター]
愛媛県出身。大学進学を機に広島へ。卒業後いったんは地元で就職するも、あまりに広島が好きすぎて再移住。好きな食べ物は焼き立てのパン。現在はパン屋さんで働きつつ、地域情報や企業インタビューを書くフォトライターとして活動中。
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