南フランス「モーリスさんに会いに行く」【空飛ぶ野菜ソムリエ 世界の旅ごはん】第14回広島本大賞受賞者・花井綾美さん過去作アーカイブ連載
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【書籍アーカイブ連載】書籍アーカイブ連載とは、過去に発刊した書籍で反響が大きかった書籍の内容を一部公開していく連載です。第2弾は、2024年、『土と人と種をつなぐ広島』で第14回広島本大賞ノンフィクション部門を受賞した花井綾美さんの過去作となる著書『世界の旅ごはん 空飛ぶ野菜ソムリエ』(2018年刊)を連載。
英国作家ピーター・メイルが書いた世界的ベストセラー「南仏プロヴァンスの12 か月」。
プロヴァンスの村で過ごした日々を綴ったエッセイ、その最後の章はクリスマスの夜に家の暖炉が壊れて寒さに震える著者を温かくもてなしたレストランのモーリスさんの話。
何十年も前に読んだ本のことなどすっかり忘れていたある日、旅雑誌にモーリスさんのレストランが紹介されていた。
そこに掲載されていたモーリスさんの顔は、おいしいものを作る人の笑顔だった。会いたいと思った。
《 飛行時間 》
関西〜アムステルダム…11 時間50 分
アムステルダム~リヨン…1 時間35 分
フール・ド・ヴィーヴルの国
モーリスさんに会いに行く旅は、南仏の小さな村を巡る旅となった。まずはアムステルダム経由でフランスのリヨンまで。日本で予約しておいたレンタカーで、セギュレというワインの村からスタート。携帯Wi-Fi とカーナビゲーションを頼りに初めての道を走る。宿泊のホテルとおおまかな立ち寄り先を決めておいた以外はフリーな日程、道の途中で気が向いたところで車を止める。
さて、道の途中で見つけたワイン畑レストランで昼食。ブドウの葉が茂る下にテーブルが出され、すでに何組かの客が食事をしていた。ブドウ畑も、青い空も、流れる時間も何もかもがゆったりとして豊かだった。これがあの世界無形文化遺産に認定された「フランスの美食術」ってやつだ。空腹を満たすだけでなく、食べ物の味や香りを楽しむ。美しい風景や楽しい会話で心理的な満足を得る。それがフランスの美食術。まぶしい黄金色の秋の日差しのなかで食べる14ユーロのランチコースは申し分なかった。
これから始まる旅が楽しいものになりそうな予感がして、笑いがこみ上げた。
モーリスさんは昼ごはんを食べている最中だった
昼食をとったセギュレから110キロの道のりを走り、エクス=アン=プロヴァンスの宿へ。1泊した翌朝、いよいよモーリスさんのレストランがあるボニューの村をめざす。野原や畑の間を縫う一本道、のどかな風景を抜けて走ると、やがて「オーベルジュ・ド・ラ・プール」の看板が見えてきた。
車を止めて小さな建物のドアを開けると、お店の方たちがお昼を食べていた。のんびりと楽しそうだ。ランチの予約は午後1時、すでに時間は過ぎている。え? 時計を見直しながら、テーブルに近づいた。「日本から来ました」と挨拶をすると、モーリスさんがハイと手をあげて笑った。雑誌で見たとおりの笑顔に緊張もとけて、みなさんの昼食が終わるまで近くを散歩していますと言うと、オッケーと言って、また笑った。いいな、こののんびり加減。日本ならば慌ててテーブルを仕舞うところだけれど、スタッフのみなさん悠々とフォークを動かしている。
人生はケ・セ・ラ・セラなのだ。それでいいのだ。
看板料理は15種類の前菜盛り合わせ
さて、最初に運ばれてきたのは前菜の盛り合わせ。いろいろ野菜のタプナード、ニンジンのアイオリソース、アーティーチョークのマリネなど、プロヴァンス伝統の家庭料理。ワインをゆっくりと楽しむための肴である。前菜が終わると主菜の魚、肉。次々に運ばれて食べきれない量がテーブルに並ぶ。モーリスさんはすでにシェフの服を脱いで帽子をかぶり、店内をうろうろ。床ではモーリスさんの愛犬がお昼寝。お店というより、どこかの家の居間のような寛ぎに満ちた空間。ピーター・メイルもクリスマスの夜、この温かさに慰められたのだろう。
食べ終えて店を出ると、モーリスさんがレストランの隣にある馬小屋から馬を出すところだった。ヨーロッパ屈指の馬車コレクターとして知られるモーリスさんの馬小屋、よく手入れされた馬車がぎっしり納まっていた。すごいなあと眺めていたら、モーリスさんが「馬を日本語では何と書くのだ?」と聞いてきた。手の平に書いて説明をしようとしたら、スケッチブックとマーカーペンを持ってきた。平仮名と片仮名と漢字で書いてあげたら、うれしそうに眺めてにっこり笑った。なんてチャーミングな人なんだろう。車に乗り込み、来た道を走っていたら、後ろからモーリスさんの馬車が来た。
すかさず撮った奇跡の一枚、見てください。
世界一の朝食
断崖の村エズ、1泊くらいはゴージャスに過ごそう、と地中海を眼下に望む古城ホテルで眠る。迎えた朝、人生で最高の朝食が待っていた。陽光きらめく海を一望する屋外のテラス席。パンもフルーツもヨーグルトも何もかもが贅沢で、まばゆいばかりだった。ヤギのチーズの本当のおいしさもここで知った。いくらでもお代わりできるのだが、そこはちょっとやせ我慢。食後のコーヒーをゆっくりと飲みながら、空気を味わう。
レモンの町は黄色
南仏の旅の終点はニース。レンタカーを返す前にシャガールの美術館に行き、あとは徒歩で町をぶらぶら。世界からリゾートにやってくる人たちであふれる町は退屈。海沿いを走る列車で小一時間のところにある、レモンで有名な町マントンへ行くことにする。あと数キロ行けばイタリアという国境の町は、レモン色に輝いていた。雑貨や菓子屋が軒を並べ、売られているものすべてがレモン色。ここで栽培されるレモンは、フランスの名シェフがこぞって使いたがる名品だとか。レモンを搾ってその場でレモンスカッシュを作ってくれる店で、底抜けに陽気なレモン娘とツーショット。明るいっていいことだ。
魚のアラが、滋味深いみごとな一品に
ニースの海岸沿いを歩いていたら、一軒のレストランの前に「スープ・ド・ポアソン」の看板。海の町に来たら、これを食べなくちゃと探していたのだ。明日は日本へ帰るというときに出合えて、本当にラッキーだった。白身魚のアラを大鍋で煮てスープを取り、それにパンをひたして食べる漁師料理。給仕の人がにこやかに食べ方を説明する間、ゴクリとつばを飲み込む。魚の出汁が出た濃厚なスープはおいしくて、何度もパンをお代わりした。魚を料理したあとの残りもので作ったスープに、これも残って堅くなってしまったパンをひたして食べる工夫にブラボー! 皿に残ったソースをパンでさらうのも礼儀と見なす国の絶品節約レシピである。
※花井綾美(2018)『世界の旅ごはん 空飛ぶ野菜ソムリエ』南フランス編引用・編集
<著者プロフィール>
花井 綾美
はない・あやみ/講演講師、料理講師、食ライター。2024年、著書『土と人と種をつなぐ広島』が第14回広島本大賞ノンフィクション部門受賞。国立広島大学教育学部卒業後、フリーランスのコピーライターに。農産物関係の販促の仕事をきっかけに食と農に興味を持ち、野菜ソムリエの資格取得。農水省をはじめ県市町村や幼稚園、学校、企業主催の食育文化講演講師、地元野菜を使った野菜料理教室、新聞コラム執筆、農家さんとのコラボレーションによる食と農のイベント企画など、地産地消、スローフード、食の安全安心などをテーマとしたよりよい食を広める活動を行う。

土と人と種をつなぐ広島

空飛ぶ野菜ソムリエ 世界の旅ごはん

堀友良平[株式会社ザメディアジョンプレス 企画出版編集・FLAG!web編集長]
東京都出身。学研⇒ザメディアジョンプレス。企画出版、SNS、冊子などの編集担当。書籍「古民家カフェ&レストラン広島」などのグルメ観光系や、「川栄李奈、酒都・西条へ」などのエンタメ系なども制作。学研BOMB編集部時にグラビアの深さを知りカメラに夢中
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