ライフスタイル コラム 2025/02/01

万引きGメンという職業はない【万引きGメンの憂鬱】アーカイブ連載

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万引きGメンという言葉を聞いてみなさんは何を想像するでしょうか?

スーパーマーケットの物陰で目を光らせる年配の女性、逃走する犯人との取っ組み合い、事件の裏側にあった悲しい家族の物語――そうしたイメージの多くはテレビの2時間ドラマや実録風ドキュメントによってもたらされたものでしょう。

しかし、実際の現場はそれとは異なるものです。

そして万引きは「どこか遠くの治安の悪い街」で起こっているのではなく、あなたのすぐそばにあるものだと思います。

私は1984年、広島で「株式会社NICCO」を設立しました。当初は店舗清掃やビルメンテナンスの仕事を請け負ってきました。並行して途中から警備会社を設立して施設警備や保安業務も受け持ち、そこから万引き対策のため万引きGメンを雇用するようになりました。

万引きGメンと組んでスーパーやドラッグストア等の防犯対策に臨むうちに、私には万引きをめぐるさまざまな状況が見えてきました。万引き犯罪の背後に隠された社会の問題、万引き被害が商品価格に転嫁されている不都合な真実、警備会社や警察、店舗などの万引き問題に対する足並みの乱れ……。

そんな中で個人的にもっとも憤りを感じたのが、万引きという犯罪に対する人々の無関心です。店舗経営者の方には「万引きを根絶するのはムリ」と諦めている人もいらっしゃいますし、一般消費者の中にも「自分には関係のないもの」と素通りしている人が少なくありません。

しかし万引きの被害は大きいものです。金額の面だけでなく、万引きを放置しておくと大変なことになるという危機感が私にはあります。

この本は、そうした万引きをめぐる実情を知ってほしいと思って書いたものです。まずは現場を知り尽くした万引きGメンたちが出会ったエピソード、その心情を中心に描くことで〝万引きのリアル〞をみなさんに知っていただければと思います。

万引きという犯罪は万引きGメンを憂鬱にさせるだけではなく、普通に暮らしている私たち一般消費者、ひいては地域社会をも憂鬱にさせるものです。

筆者としてはそうした憂鬱を乗り越え、その先の光を見出せることを願って本書を読み進めていただければ幸甚です。

※日南休実(2022)『万引きGメンの憂鬱』はじめに引用

 

万引きGメン――みなさんはこの言葉を聞いて、どのようなイメージを持たれるでしょうか?

近年は『激録・警察24時‼』といったドキュメンタリー・バラエティ番組、そしてこの職業の女性を主人公にしたサスペンスドラマなどですっかり一般にも定着した〝万引きGメン〞という言葉。きっと男勝りな年配の女性で、スーパーやディスカウントストアに派遣されて、普通のお客さんのフリをして張り込みを行い、商品棚から顔をのぞかせて万引きの現場を目撃、少々のイザコザの末に容疑者を捕獲し、裏の事務所に連れて行って話してみれば実はそこには悲しい事情があって……といったようなイメージがすぐに浮かんでくるのではないでしょうか?

こうした番組は、万引きGメンという名称を広めてくれた上、いかに世の中に万引きがはびこっているか、社会の根深い闇として万引きという犯罪が日常的に行われているかを世に知らしめてくれましたが、その反面、番組をわかりやすく、面白くするためにさまざまな誤解を視聴者に与えてきました。

ここでは万引きGメンというのがどういう職業なのか、改めてその基礎知識からお話していきましょう。

ドラマのような感動や、しみじみしたエンディングは万引きGメンの世界には存在しない

まずもっとも基本的なこととして〝万引きGメン〞という職業はありません。これはあくまで通称で〝保安員〞というのが万引きGメンの正式名称になります。

保安員とよく似た言葉に〝警備員〞というものがあります。主に私服で警備業務に当たっている人が保安員で、制服を着て警備している人が警備員と呼ばれます。警備員は制服を着ているため、そこにいるだけで警備していることをアピールし、存在自体が犯罪の抑止効果を持ちます。一方の保安員は、その存在を周囲に悟られないよう私服を着ているわけで、つまり一般のお客さんに紛れて警備を行い、犯罪を防止する役割を担っています。

ここで気を付けなければいけないのは、保安員も警備員も民間の警備会社や店舗運営会社の警備部門に勤務する普通の民間人だということです。たとえものものしい制服を着ていても、私たちと同じ一般市民なのです。だから万引きGメンは事件の現場に立ち会っていても、警察官のように特権的なふるまいはできません。

公務員でもある警察官には「警察官職務執行法」というものがあって、職務質問の権限が付与されています。さらに「刑事訴訟法」によって取調べの権限も認められています。職務質問とは犯罪に関連すると思われる者にその場で質問すること。取調べとは主に署に連行した後、容疑者や参考人から供述を得ることを意味します。

一般人である万引きGメンには、警察官が持ちうるこうした権限がありません。職務質問や取調べの権限がないということは、つまり容疑者を捕獲したとしても名前、年齢、職業、住所はもちろん、「どうしてこんなことやったんだ?」とか「ほかにもやったのか?」といった質問は一切できないことになります。また、たとえ尋ねたとしても容疑者がそれに答える義務は当然ながらありません。

ですから、もしテレビドラマで万引きGメンが容疑者を前に「取ったものを出しなさい!」と声を張り上げていたり、「ご両親の名前は?」などと質問しているシーンがあればそれは明らかに間違いです。

万引きGメンのできる仕事は、容疑者が万引きをするところを〝現認(=犯罪の一部始終をその場で確認すること)〞して声掛けした後に確保し、バックヤードに連れていき店長に報告するまでです。その後は報告を受けた店長または責任者が警察に連絡し、警察官が来て容疑者を署に連行します。間違ってもGメンが直接警察を呼ぶことはありませんし、それを決める権限はありません。ただ取調べを行う際、Gメンも現認者として署に呼ばれて、調書作成の協力を求められることはあります。それでも基本彼らの仕事は〝見つけて〞〝声を掛けて〞〝警察が来るまで見張っておく〞だけ。それ以上のことはできないという条件下で容疑者を捕まえないといけないのだから大変です。

名前も聞けない、「取った商品を出しなさい」とも言えない、命令できる権限はないし相手は答える義務もない――そんな〝ないない尽くし〞の状況の中で職務を進めなければならない万引きGメンは、それゆえさまざまな工夫をして容疑者が自分から話し出す状況を作り出します。

たとえば、「本当にやってないんだったら名前を言った方がいいよ。どうせ警察官が来たら聞き出されるんだから。最後まで黙秘を続けてるとあなたにとって不利になるよ。黙秘を続けてるとずっと留置されるし。だから名前は言った方がいいんじゃない?」
また、
「あなたが初犯なら取った品物を正直に出した方がいいよ。警察が来て身体検査されて出すより、今出した方があなたの素直さが認められますよ」
ある万引きGメンは、
「名前を言いたくなければ言わなくてもいいよ。でも今あなたが私みたいな人間に話してくれれば、それは反省の証だと私は警察官に伝えられる。でも名前を言わないと、反省してないとしか伝えようがないんです」
といった言い方で容疑者に接していると言います。

警察官と違って、あくまで一人の民間人として犯罪に立ち向かわなければならない万引きGメン。そこには警備する人間として常に難しさが付きまとう一方、容疑者を警察官に引き渡すまでが仕事なので、犯行理由や背景などについても最終的には知りえないという現実があります。

実際の万引きGメンの仕事は、容疑者を発見して警察に引き渡すまで。そこから先は事件はGメンの手を離れ、警察の中で処理されていきます。

なので実はそこには悲しい事情があって、誤解しあっていた親子が仲直りして……といったドラマのような感動や、しみじみしたエンディングは万引きGメンの世界には存在しません。ただ現場に向かい、容疑者を見つけて、現地で捕まえる――その一瞬のやりとりこそがGメンの仕事のすべてなのです。

<豆知識>

万引きという言葉の由来は「間引く」や「萬よろず引き抜く」から転じて、店で商品を盗ることを指します。Gメンの〝G〞はGOVERNMENT(政府)の略。Gメンとは米国のFBI特別捜査官(政府の役人)のことを指します。
最初に彼らをGメンと呼んだのは、1930年代のギャング〝マシンガン・ケリー〞で、彼はFBIに追い詰められた時、両手を挙げて「撃つなGメン!」と叫んだと言われています。これがGメンの最初ですが、その後なぜ〝万引き〞と〝Gメン〞がくっついたかははっきりわかっていません。

※日南休実(2022)『万引きGメンの憂鬱』1章一部引用

 

<著者プロフィール>
日南休 実

ひなやすみ・みのる/広島市に生まれる。1984年、株式会社NICCOを設立。店舗清掃やビルメンテナンス事業を行っていたが、施設警備や保安業務に進出したことを機に万引き犯罪に対峙。そこから店舗の防犯対策やロス対策の研究を進め、独自の防犯システムである「セキュリティマーチャンダイジング(SMD)※」を完成させる。現在、株式会社NICCO取締役会長を務める。
※「セキュリティマーチャンダイジング(SMD)」は株式会社NICCOの商標登録。

次回▶▶万引きGメンは“目を切られて”はいけない


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