今日という日だからこそ、『風の電話』を思う
- 東日本大震災
- 風の電話

今日という日だからこそ、本棚から『風の電話』の公式フォトブックを取り出し、なんとなくページをめくる。手のひらに伝わる紙の感触。遠くに流れていた時間が、静かに逆流し始める。
「見た目にはそのときの傷はなくなっているが、人の心の中には残っている」
それは、フォトブック制作の際にインタビューした諏訪敦彦監督がぽつりとこぼした言葉だった。僕はしばらくその意味を考えてみる。確かに、町は整備され、新しい建物が立ち並び、立派な防波堤もできた。でも、あのときの記憶は、人々の心の奥に今もひそかに残り続けている。
映画『風の電話』は、岩手県大槌町に実在する「風の電話」をモチーフにしている。一本の黒電話が、静かに置かれた白い電話ボックス。電話線はどこにもつながっていない。それでも、人々は受話器を取り、亡き人に語りかける。誰にも届かないはずの声が、風に乗ってどこかへ届く。その情景を想像する。
「風の電話」を作ったのは、佐々木格さんという造園業の男性だった。本誌では彼のインタビューも掲載しているが、佐々木さんは「亡くなった後も、生きている人との絆はつながっているんです」と語ってくれた。その言葉は、ゆっくりとした口調で、まるで風に乗るように響いた。
電話ボックスの中では、誰もが自由だった。泣いたり、笑ったり、ときには少し怒ってみたりする。誰かの名前を静かに呼ぶ声もあるだろう。誰もいない空間で、誰かと対話するということ。その行為自体に、人は何かを求めているのかもしれない。
言葉というのは、目には見えない。でも、それは確かにそこにあり、人と人を結びつける。たとえ、相手がもういなくても、聞こえていなくても、言葉を発すること自体が、つながりを生む。絆とは、言葉の積み重ねでできているのかもしれない。風の電話に吹き込まれた言葉は、風に乗って、どこまでも届いていく。言葉がある限り、絆は決して消えないのだ。
監督の諏訪敦彦は、ささやかな瞬間を丁寧に切り取る名人だ。『2/デュオ』(1997)や『M/OTHER』(1999)など、日常の細部を丹念に描いてきた。『風の電話』もまた、そうした静かな空気のなかで、震災で家族を失った少女・ハルの旅を追っていく。喪失と再生。その二つは、いつも寄り添いながら存在する。
インタビューの後、僕は実際に岩手県大槌町へ足を運んだ。町はすっかり整備され、青い空の下で人々はそれぞれの暮らしを営んでいた。でも、3月11日の話になると、ふと彼らの表情が変わる。言葉を探しながら、それでも語ろうとする。いや、「語る」というよりも「伝える」といったほうが近いかもしれない。言葉は、過去から未来へと手渡されていくものなのだろう。
東日本大震災から14年が経った。僕らの住むこの国は、常に地震や台風にさらされている。時間が経てば、景色は変わる。人々の暮らしも変わる。そして、記憶も、少しずつ風化していく。だけど、語り継ぐことで未来に残せるものがあるのではないか。
映画『風の電話』が描いたのは、まさに「記憶の継承」だったのだろう。人は言葉を発することで、過去に触れ、未来に手を伸ばす。フォトブックを閉じながら、僕はそんなことを考えながら、これを書いている。長文でなくてもいい。ひとことでもいい。言葉を紡ぎ続けることが大事なのだろう。

堀友良平[株式会社ザメディアジョンプレス 企画出版編集・FLAG!web編集長]
東京都出身。学研⇒ザメディアジョンプレス。企画出版、SNS、冊子などの編集担当。書籍「古民家カフェ&レストラン広島」などのグルメ観光系や、「川栄李奈、酒都・西条へ」などのエンタメ系なども制作。学研BOMB編集部時にグラビアの深さを知りカメラに夢中
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