コラム 2021/06/04

インドの群衆の中にいるような疑似体験【アジアンドキュメンタリーズ】蔵本健太郎が語る『聖者たちの食卓』

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アジアの優れたドキュメンタリー映像を配信する「アジアンドキュメンタリーズ」。戦争、貧困、環境、人権など、アジアの社会問題に鋭く切り込んだラインナップが特徴だ。その作品の魅力を発信するべく実現した、FLAG!とのコラボレーション企画第4弾。今回は映画館「サロンシネマ」「八丁座」を運営する序破急の支配人、蔵本健太郎さんが「聖者たちの食卓」を視聴。パックパッカーとしてインドを旅した経験を持つ蔵本さんに、作品からあふれるインドの奥深さについて語ってもらった。

「聖者たちの食卓」アジアンドキュメンタリーズにて配信中

【作品内容】
インドのシク教総本山ハリマンディル・サーヒブで、毎日無料で振る舞われる約10万食の食事がどのように用意され人々を満たしているのか、舞台裏をドキュメント。

動画配信サービス「アジアンドキュメンタリーズ」
月額990円(税込)で全作品見放題 / 作品ごとの視聴は495円(税込)
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無限に広がる解釈。押しつけのない自由な作品

「序破急」支配人の蔵本健太郎さん

――この作品を選んだ理由を聞かせてください
サロンシネマが毎年行っている「食と農の映画祭inひろしま」で2014年に公開し、大きな反響があった作品です。ただカレーを作って食べて片付けるという、インドの寺院の一日。そのシンプルさに、とても好感を持ちました。ナレーションなし、テロップもほとんどなし、BGMは最小限。自分の目で見て、思うままに感じ取ればいい。シンプルでいて自由。ともすれば「内容がない」と思われかねないのですが、逆に解釈の仕方は無限という懐の深さ。インドという国の奥深さを、食事のシーンだけで表しています。

――観る側に解釈を委ねているのですね
主張を押しつけるような作品は、個人的に苦手なんです。この作品が見せてくれるのは、ただの日常。群衆が主人公で淡々と進行しています。「あれはいったい何だったのか」という難解さもありません。おいしそうだなあと思うだけでもいいし、突き詰めて宗教について調べるのもいい。こういった映画はとても珍しいですね

 

 

秩序と粗雑さに、インドのスケールを感じる


――どのあたりに、インドの奥深さやインドらしさを感じますか
作品の舞台である「無料食堂」は、一日に10万人分の食事を500年以上も提供し続け、それがすべてボランティアでまかなわれています。まるで、すし詰めのような、ものすごい人の数なのに秩序が保たれています。貧しい人も裕福な人もいて、それでもなんとなく社会が成り立っていて、みんな幸せそうに見える。インドという国の日常が、この映画だけでもじゅうぶん伝わってきます。

――印象に残っている場面はありますか
面白かったのは、ナチュラルなエンタメというか、調理中にチャパティを投げるシーンや、食べ終わった後の食器が洗い場に次々と投げ込まれるシーンを、わざわざ撮っているところ。絵的にすごく面白いですよね。でも、それが日常なのだという面白さ。秩序の中に粗雑な部分も見え隠れして、かつてインドの街を歩いた時と同質の驚きも感じました。

――たしかにちょっと雑なところがありましたね
雑ですが、それで全てが成り立っていて、みんな楽しそうですよね。誰が仕切っているのだろうかと思うけれど、みんなごく自然に淡々と……。中には居眠りする人、怠けているような人もいるのがインドっぽくて面白い。グラウンド整備に使うような大きな水かきで掃除したり、人が鍋の中に入って磨いたり、何もかもが見たことがない世界です。これがインドのスケールなのだなと思いました。

 

 

映像だからこそできる「その場にいる」体験


――映像がとても美しかったですね
ベルギーの夫婦による制作でしたね。夫が映画監督兼料理評論家で、夫人はフォトジャーナリスト兼映像作家。寺院はもちろんですけど、料理を作るシーンも片づけるシーンも美しいですよね。撮り方も真上からのアングルや、引いたり寄ったりのカメラワークが上手いなと思いました。何気ないシーンに映り込む人たちの表情や民族衣装も美しかったです。写真家ならではの場面描写ではないでしょうか。

――いわば全員脇役なのですが、一人一人の存在感もありましたね
監督夫妻がこの場面に遭遇して、「この感動を世界に伝えたい」という思いに駆られたのだと知りました。ドキュメンタリーは被写体との出会いと言われますが、まさにその衝動がひしひしと伝わってきます。寺院の一日を65分にまとめているだけに見えて、実は作り方がとても丁寧。ロケハンに3週間、撮影には1か月かかっています。それを一日の出来事に見せる編集技術には脱帽です。

――この作品の最大の魅力は何でしょうか
この映画は、ほぼ映像だけの作品ですが、映像でなければできないことを見事に表現しています。その場にいるのかと錯覚を起こすほどのカメラワーク。自分がカレーを作って食べて、皿を片づけているような、疑似体験型の映画です。よく「映画は主人公になりきる体験」と言われますが、この作品では主人公ではなく「自分自身がその場にいるような体験」ができます。ドキュメンタリーの中でも稀有な作品ではないでしょうか。

■語り部プロフィール■
蔵本健太郎(くらもと・けんたろう)
1977年生まれ。映画館「サロンシネマ」「八丁座」を運営する株式会社序破急 支配人。東京のグラフィックデザイン会社勤務を経て、2004年入社。2010年より支配人。メジャー、マイナーを問わず良作を上映する「映画のセレクトショップ」を目指している。

■今回見たドキュメンタリー映画■
「聖者たちの食卓」アジアンドキュメンタリーズにて配信中


「聖者たちの食卓」
監督/フィリップ・ウィチュス、バレリー・ベルト
2014年公開/ベルギー/作品時間65分

動画配信サービス「アジアンドキュメンタリーズ」
月額990円(税込)で全作品見放題 / 作品ごとの視聴は495円(税込)

ドキュメンタリーの視聴はクレジットカード決済で、いつでもすぐに視聴できます。

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アジアンドキュメンタリーズとは

株式会社アジアンドキュメンタリーズは、優れたアジアのドキュメンタリーを世界へ配信し、アジアでドキュメンタリー制作者ネットワークの構築をめざす日本の新しい映像配信会社です。配信するコンテンツは、アジア各国で作られたドキュメンタリー映画を中心に、当社オリジナルのコンテンツもラインナップに加えていきます。

テレビでは放送されない、タブーに切り込む作品の数々。

テレビは人々が信頼を寄せる巨大な映像メディアですが、そこには大きなタブーも存在します。当然のことかもしれませんが、広告主や視聴率に悪い影響をもたらすもの、特定の業界から強い反発が予想されるような自らの立場を危うくするテーマをなかなか取り扱いません。しかし私たちは小さな市民メディアとして、テレビが取り上げないドキュメンタリー作品こそ大切にしたいと考えています。

「衝撃」「感動」「覚醒」… 優れたドキュメンタリーがあなたを揺さぶる。
優れたドキュメンタリーは、あなたに驚くほどの衝撃を与えることでしょう。それは今までの人生で築き上げられた価値観が壊れてしまうこともあるほどのものです。また作品によっては深い感動や共感を抱くこともあるでしょう。それが激しい怒りや悲しみ、絶望かもしれません。しかし、私たちが一つのドキュメンタリーと向き合うことで、新しい何かが生まれていきます。ドキュメンタリーは、私たちを奮い立たせるエネルギーを与えてくれます。自らの生き方を問い直すきっかけになるかもしれません。

毎月厳選してお届けする〝特集編成〟と〝オリジナル解説〟
私たちは作品の価値を高めるために、複数の作品を組み合わせて視聴することをお勧めしています。それが特集編成です。またそれぞれの作品について、今見る価値をしっかりお伝えし、過去の作品であっても、そこから得られるものがいかに大きいかをわかりやすく解説いたします。

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<関連おすすめ書籍>
■インドをもっと知る本■

 

『ドキュメント・インド発見―日々逍遥の記録‐この世とあの世の境なし』(著者:木下勇作/発売:風詠社 )

聖なる河、輪廻転生、永遠の時間…それはどこかで見たような懐かしい安らぎの光景だった。一カ月の滞在の折々に綴った「インド3部作」シリーズの第2作。著者は日本経済新聞社の記者だった経歴を持ち、記事のように簡潔な言葉でわかりやすく、淡々とインドの日常が書かれている。


堀行丈治

堀行丈治[ぶるぼん企画室]

原稿屋「ぶるぼん企画室」代表。ウェブマガジン「INTERVIEW JAPAN」を運営。読書よりも執筆が、見ることよりも撮ることが好き。仕事の傍らで小説も書いている。第2回庄原文芸大賞・短編小説の部佳作「返納」は、Amazon Kindleで発売中。

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