パン屋日記 #40 坂下先生に学ぶお酒のたしなみ方
- パン屋日記

町のパン屋さんで働くフワフワの日々……を想像してパン屋で働き始めた筆者が、味わい深い同僚やとんでもないお客さまとくり広げる必ずしもフワフワではない日々の記録です。
人のやさしさや仕事の本質、心に残る一言から、「かんべんしてくれよ」と思うようなできごとまで。自分や自分の身近な人のことを思い出して、ニヤッとしたりじんわりしたりしていただけたら、これ以上の幸せはありません。
#40 坂下先生に学ぶお酒のたしなみ方
愛し尊敬してやまない年下の上司
「坂下先生」は、控えめに言って酒豪です。
その片鱗を初めて垣間見たのは、数年前
福利厚生で招待された、
ホテルのビュッフェでのこと。
バーカウンターで自由に注文し
グラス交換で飲み放題のはずが、
われらが坂下先生は先ほどから
両手にグラスを持って
テーブルに帰って来られます。
左手にはビール
右手には、抹茶ミルクのカクテル。
2往復目も、やはり両手に
グラスを持っておられます。
左手にはハイボール
右手には、チョコレートミルクのカクテル。
どうやら、甘いものと甘くないものを
同時にお飲みになりたいようです。
その飲みっぷりに驚嘆した
バーカウンターのお兄さんを口説き落とし、
チョコレートミルクのカクテルには、
ビュッフェのメニューに無いGODIVAのシロップを
特別に入れてもらったそうです。
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仕事終わりに坂下先生とご一緒させていただくのは
もっぱら中華料理でしたが、
一度だけがっつり
「赤まる酒場」でサシ飲みをしたことがあります。
「赤まる酒場」というのは、
ビールケースを逆さまにしたのに座って
キュッとやるような、元気の出る居酒屋です。
わたしたちは調理用の
銀ボールいっぱいに入ったレモンを頼み、
「おかわりサワー」という
素晴らしいシステムを利用して
プレーンのサワーをぼちぼち注文しながら、
レモンを絞って楽しく飲んでいました。
あるとき注文がダブってしまい
坂下先生の「おかわりサワー」が、
一度に2杯来てしまいました。
注文したのは1杯です、と説明するわたしを
坂下先生は明るくさえぎり、
「かいさん、大丈夫ですよ!」と言って
こともなげにダブルで
お飲みになられました。
念のため言っておきますが
おかわりサワーは、
ジョッキです。
通常、男性2人が
5000円程度で楽しむことができる
赤まる酒場のその日のお会計は
女子2人分で、8500円でした。
坂下先生が、
少し多めに払ってくださいました。
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ある夜、珍しく坂下先生が
お好み焼き店に誘ってくださいました。
大変興奮した様子で、
お洒落な入れ物にはいった、
お洒落なカクテルがたくさんあるのだと
おっしゃられます。
お店に行ってみるとなるほど、
たしかにリゾート地のような名前の
お洒落なカクテルが、
たくさん用意されていました。
わたしがマンゴーなんちゃらかんちゃらと
小ビールで迷いつつ店員さんを呼ぶと、
坂下先生はあっさりと
「メガジョッキハイボール」を
お頼みになられました。
(おい、お洒落なカクテルはよ)
と思いつつ
わたくしも小ビールの方を
注文させていただきました。
めんたいこオムレツを半分こし、
坂下先生はマヨたっぷりのうどん入りお好み焼き
わたしは肉玉そばのもちトッピングを食べ終えて
ひと息ついたころ
坂下先生が神妙な顔をして
「で、どうします?」とおっしゃられました。
「どうします、とは…?」とわたしが答えると
坂下先生は声を低くしてこう言いました。
「わたしはもう一枚いけるんですけど、
今から焼いたら、時間かかりますかね?」
「……」
わたしはもう一枚、いけなかったので
せせりの鉄板焼きで
ご勘弁いただくことにしました。
よく食べ、よくお飲みになり
追伸としては、
このあとドーナツを3つ買って帰られた、
元気いっぱいの坂下先生なのでした。
こういったくだらない、
毎日の何気ないあれこれが
なんと貴重でいとおしく、
安心感にあふれた時間だったことか。
今はしっかり気を付けて、
またいつか、霧が晴れたら
命いっぱいに、日常を愛そうと思います。
今日の食パンアレンジ ♯15
FLAG!vol.04「&パン」での企画で、実際に編集が30品目の食パンアレンジを試食してグラフ化した企画。意外とね、おいしいアレンジあるんです! そうでないものも、ありましたが……。興味ある方は、ぜひお試しあれ!(担当編集のぼやき)
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甲斐寛子[フォトライター]
愛媛県出身。大学進学を機に広島へ。卒業後いったんは地元で就職するも、あまりに広島が好きすぎて再移住。好きな食べ物は焼き立てのパン。現在はパン屋さんで働きつつ、地域情報や企業インタビューを書くフォトライターとして活動中。
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