【まえがき全文公開】新刊「くらくら西条」が誕生したワケ——

10月24日に発売となった「くらくら西条」は、日本三大酒処といわれる伏見(京都)、灘(兵庫)と並ぶ西条(広島)を舞台に、自称文豪が酒蔵を訪ね歩く“酒蔵”放浪記です。
そもそも、自称文豪は何者なのか? なぜ蔵を放浪することになったのか?
少しでも多くの人に興味を持っていただけたらという思いで、本書のエピソードゼロにあたる「たちまち一杯│まえがき」の全文を無料で紹介します。
続きが気になった方は、お近くの書店やAmazonでお買い求めいただけるとうれしいです。
たちまち一杯│まえがき
「清水さん、日本酒好きですか?」
電話をかけてきたのは知り合いの女性編集者だった。
「いま日本酒のサイトに載せる連載企画を考えてて。東広島市の西条にある酒造メーカーをレポートする内容なんですけど、普通に取材しても面白くないじゃないですか。清水さんだったら作家さんだからちょっと違う感じになるかなっていうか。ほら、文豪が酒蔵を探訪してエッセイを書くみたいな企画ってよくあるでしょ。ああいう雰囲気を写真付きでできたらいいかなって思うんですけど——」
電話はいつも突然かかってくる。電話は仕事の依頼だった。
私は普段広島で物書きをやっている人間である。これまで何冊か小説を出したがパッとせず、さてどうしたものかと思いながら日々雑文を書いて生計を立てている。
「一応イメージ的には吉田類の『酒場放浪記』の酒蔵版。ああいううさんくさい感じって清水さんに似合うと思うんですよ——」
おい、俺はあんなにモジャモジャじゃないし、そもそもうさんくさい人間じゃないぞ——と反論しようとしたが、それよりもひとつ気がかりなことがあった。
(日本酒か……)
正直、私は日本酒に詳しい人間ではない。別に酒は嫌いじゃないし、ビールもワインも何でも呑むが、これまで特に日本酒を意識して呑んだことはなかった。それは幼い頃にむりやり日本酒を呑まされた苦い記憶とも関係している。
彼女は「おじさんで小説家⁼日本酒くらい呑むだろう」というイージーな連想でそのような企画を思い付いたのだろう。だが私が普段愛飲しているのはフルーツ・オ・レとかビックルとかいったお子ちゃまみたいなドリンクばかりだ。
(日本酒、日本酒、日本酒……俺に日本酒が書けるだろうか?)
とりあえず適当な四方山話で彼女との電話を引き延ばしながら、私の頭はフル回転していた。日本酒の世界が通好みで、奥が深いということは誰でも知っている。さすがにこんな知識で臨んだら先方に失礼なんじゃないか? そもそも自分の馬鹿さ加減が露呈されて、めちゃくちゃ恥ずかしいことになるんじゃないか?……
さまざまな打算とシミュレーションが渦巻く中、私は彼女に気づかれないよう一息つくと、何の迷いもなくこう口にした。
「いやぁ、最近ちょうど日本酒にハマってるところだったんですよ! やっぱ齢をとると日本酒のよさがわかるっていうか五臓六腑に染み渡るっていうか。文豪エッセイ、最高のものが書ける自信あります。で、いつからやります?」……
本書は日本酒を通じて東広島市の魅力を発信するサイト「日本酒10」に連載した紀行エッセイ「蔵のあるまち」を大幅に加筆修正したものである。
最初のきっかけは前述した通り不純なものだったかもしれないが、私は回を重ねるうちにこの連載にのめり込んでいった。当初は1年限定の企画だったが、連載は延長され、西条以外の地域にも足を延ばすようになる。ほとんど無知だった日本酒の世界。広島に暮らしながらあまり足を運んだことのない東広島というエリア。そこを気ままに歩き、蔵に関わる人たちと出逢い、話し、呑み、笑ったり、思考したり、「へ〜!」と面白がったりしているうちに、これまでにない感情や発見に巡り会っていたのだ。
そう考えると、本書は私が日本酒というものに向き合い、気持ちよく〝酔わされていった〞過程だと言える。
知っているところを歩くより、知らないところを歩く方が散歩は断然楽しい。そんな当たり前の事実を改めて教えてもらった好機だったのかもしれない。
さきほどの話の続きだが、編集者からの電話を切った後、さすがに私も「この仕事、引き受けてほんとに大丈夫か?」と不安になった。家の中に日本酒に関するものが何かないか探してみると、台所に頂き物の大吟醸が一本あった。
大吟醸とは何なのか、その真の意味もわからないまま封を切って口にすると、するりとのどを通って胃袋に入った。「うん、日本酒うまいじゃん」と思うと同時に腹のあたりが熱くなった。「まあ……なんとかなるだろう」という楽観的な気持ちが湧いてきた。根拠はまったくないけれど、これから面白いことが起こりそうな予感に包まれた。
(行くぞ、西条!)
くらくらする頭で景気づけに言ってみる。なんだかちょっとわくわくする。
みなさんにとってもこの本が、日々を新しくするための〝たちまち一杯〞になってくれれば、こんなに嬉しいことはない。

くらくら西条

堀友良平[株式会社ザメディアジョンプレス 企画出版編集・FLAG!web編集長]
東京都出身。学研⇒ザメディアジョンプレス。企画出版、SNS、冊子などの編集担当。書籍「古民家カフェ&レストラン広島」などのグルメ観光系や、「川栄李奈、酒都・西条へ」などのエンタメ系なども制作。学研BOMB編集部時にグラビアの深さを知りカメラに夢中
堀友良平の記事一覧関連記事
-
ライフスタイル ビジネス 新刊
『サボ力』—— サボ力の意味とは?「サボる」は怠けではない
「真面目に働いているのに成果が出ない」「毎日が忙しいのに充実感がない」──そんな悩みを抱えていませんか? 9月30日発刊の新刊『サボ力』は、そんな頑張りす……
2025.09.12
-
ビジネス 新刊
『本と経営』—— 準備も経験もゼロから売上50億円を築いた経営者が語る「経営に効く本と実践法」
著者の前田政登己氏は、株式会社マエダハウジンググループ代表。 27歳で突然の独立を余儀なくされ、試行錯誤の末にグループ10社・売上50億円を超える企業へと……
2025.08.25
-
ビジネス 新刊
ニッチ×知財で突破口!今すぐ使える『商品開発スターターノート』
小さな会社こそ、型が必要だ 「商品開発は大企業の話」と思っていませんか?そんな先入観をくつがえすのが、『商品開発スターターノート』。著者は、大手企業の知財部で……
2025.08.02
-
新刊 観光・旅 エンタメ
大牟田を歩けば映画の余韻がついてくる 映画『オオムタアツシの青春』公式ガイドブック発売
映画の舞台になった場所を訪れたことはあるだろうか。 「この坂道、あのシーンのやつだ!」とか、「この喫茶店、ほんとにあったんだ」と、画面越しの物語がふいに自分の……
2025.07.31