コラム 2021/12/03

コピー作家にも宿る、本物の「生き方」【アジアンドキュメンタリーズ】元塾講師・家庭教師の秋山夕日さんが『世界で一番ゴッホを描いた男』を語る

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アジアの優れたドキュメンタリー映像を配信する「アジアンドキュメンタリーズ」。

戦争、貧困、環境、人権など、アジアの社会問題に鋭く切り込んだラインナップが特徴だ。

その作品の魅力を発信するべく実現した、FLAG!とのコラボレーション企画「映像と本で知るアジアの現実」第10弾。

今回は『勉強』『勉強2』の著者で元塾講師・家庭教師の秋山夕日さんが『世界で一番ゴッホを描いた男』を視聴。

真作と複製画が持つ「価値」について語ってもらった。

世界で一番ゴッホを描いた男

【作品内容】
ゴッホの複製画を描くことに人生を捧げる男を追ったドキュメンタリー映画。複製画の制作で世界の半分以上のシェアを誇る油絵の街、中国・大芬(ダーフェン)。出稼ぎでこの街にやって来たジャオ・シャオヨンは独学で油絵を学び、20 年もの間ゴッホの複製画を描き続けている。誰よりもゴッホの絵を知り尽くし、ゴッホと共に生きるジャオだったが、実は本物のゴッホの絵を観たことがない。どうしても本物のゴッホの絵を観たいという夢は日増しに募り、夢を叶えるためにアムステルダムを訪れるのだが……。

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オリジナルとコピーの間にあるもの

元塾講師・家庭教師の秋山夕日さん

――どうしてこの作品を選ばれたのですか。

若い頃はヘビーメタルバンドのギタリストとして活動していました。

音楽をやっているとしばしば直面するのが、オリジナルとコピーの違い。

「オリジナルはかっこいいのに、コピーは冴えない」という現実があって、オリジナルとコピーの差にずっと興味を持っていました。

――完全コピーをしてもオリジナルは超えられませんよね。

オリジナルの、いわゆる「オーラ」のようなものですかね。

フランスの思想家、ジョルジュ・バタイユは「人間の行動は大きく二つに分かれる。

①既に価値観が定まった中での行動。

『これをしたら絶対に得をする』という、価値が定まっている行動。

②無価値または価値が分からない行動」と考えました。

我々の日常の行動はほとんどが①。

特に資本主義でお金を稼ぐことは①の典型です。

しかし人が充実感を感じるのは②ではないかと。

まだ価値が分かっていないことに取り組む。

①を究めた者が、そこから②の方に「突破」していくのが人間の一番偉大なところ、バタイユの言葉でいうと「聖なるもの」「栄光」です。

作品中に、このバタイユの言葉が出てきました。ゴッホの複製画を描いている中国人がゴッホのことを「死してなおその栄光は我々の心の中に」と言っているんです。

 

価値観を超越した「栄光」とは

――突破の先に栄光があるのですね。

ところがゴッホは生前、①の世界では認められず、しかし②を懸命に追求したんですよ。

突破していない。

①で認められていなくても、②を目指しているのです。

結局オリジナルが持つすごさというのは、価値がまだ認められていないときのゴッホの絵のようなもの。

後になって贋作や複製画を描く人は、ゴッホの絵に価値が認められているから、生計を立てるため、お金を稼ぐため、①のためにやるわけですよね。

そこが最大の差でしょうね。

端で見ている人、特に後世の人は「ゴッホの絵ってすごい」という価値観を持っていますが、当時は人から褒められることもなく、売れるあてなんてもっとなかったのに描いていたという、そこがかっこいいんですよね。

――①の世界を究めて突破しなくても栄光があったと。

この映画の主人公も、完全に生計のためにゴッホの複製画を描いているのですが、同時にすごい憧れを持っているじゃないですか。

一度はその絵を見たいとか、お金はないけどアムステルダムに行きたいとか……。

本物を見て何かの気付きを得たいというのは、自分が①の世界で何を描いているのかよく分かっていて、②の世界にいたゴッホのことを知りたかったのでしょうね。

僕はそれが憧れの正体だと思っています。

 

「生計のため」だけではない、ゴッホへの憧れ

――ずっとコピーをしていくと、本物との差を突き詰めたいと思うものでしょうか。

ゴッホの真似をして精度を高めれば①の世界でもお金になりますよね。

でもそれだけなら主人公はゴッホの墓に行ったときや、ゴッホの絵を初めて見たときに、ああいった表情は見せないんじゃないですかね。

バタイユは「①を突き詰めた人しか②には行けない」と言ってもいますし。

切り離せない関係にあるのだと思います。

――彼自身があれだけの枚数を描き続けた結果でしょうか。

生活のため、お金のためとはいうけど、あれだけの枚数を単に「生計のため」というのは言い訳なのじゃないかと思います。

本当はゴッホが好きで、①と②の間にあるもの、ゴッホだけが感じていたものを自分も感じたかった。

そうじゃないと続かない。

 

他の生き方を選べない、ゴッホに魅せられた「運命」

――仕事として、金儲けとして描いているだけではなく、ゴッホという人物や作品に引き込まれているのですね。

主人公は決して①だけでは描いていませんよね。

経済的な価値だけなら「何枚描いても大した儲けにならん」「社会的な評価にならん」と、やめる選択肢もあったのにやめられなかった。

その辺がゴッホと似ているなと思いました。

描いている絵に差はあるけれど、生き方がゴッホに似ているというのが僕の感想です。

ゴッホは誰も描いたことのない、価値観が確立してない新しい絵を描いた、自分が選んで描き続けたっていう意味では、どちらもすごくかっこいい、ロックな生き方ですよ。

――いわゆる経済的な思考とか理由だけではないと。

①の理由だけなら、この人は仕事を変えるという選択肢もあったのにそれができない。

この作品の主人公を見ると、他の生き方は選べなかった。

選んでいるのだけど、振り返ってみればその人はそれしかできなかったんじゃないかと。

すごく宗教的な考え方になってきますよね。

人間が自由に選んだものと、神様が用意した運命は一致している。

このドキュメンタリーを観て、誰しもそうなんじゃないかなという思いに、僕は辿り着きました。

 

■語り部プロフィール■
秋山夕日(あきやま・ゆうひ)
大阪府出身。東京大学文学部卒業。広島で18年近く、家庭教師等として小学生・中学生・高校生・浪人生に高校理科を除く全教科を教える。著書に『勉強』『勉強2』(いずれも南々社)『秋山夕日短編小説集―駄作編―』『詩人の辞典・読みなシャレの辞典』(いずれも広島 蔦屋書店 リトルプレスコーナーにて販売中)がある。2021年、家庭で行える効果的な勉強法を広めるサイト「辞典を読み通す」を立ち上げる。趣味は読書・数学。数理社会学会会員。

■今回見たドキュメンタリー映画■
『世界で一番ゴッホを描いた男』
アジアンドキュメンタリーズにて配信中


『世界で一番ゴッホを描いた男』
2016年制作/中国・オランダ/作品時間84分
監督:ユイ・ハイボー/キキ・ティンチー・ユイ

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ドキュメンタリーの視聴はクレジットカード決済で、いつでもすぐに視聴できます。

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アジアンドキュメンタリーズとは

株式会社アジアンドキュメンタリーズは、優れたアジアのドキュメンタリーを世界へ配信し、アジアでドキュメンタリー制作者ネットワークの構築をめざす日本の新しい映像配信会社です。配信するコンテンツは、アジア各国で作られたドキュメンタリー映画を中心に、当社オリジナルのコンテンツもラインナップに加えていきます。

テレビでは放送されない、タブーに切り込む作品の数々。

テレビは人々が信頼を寄せる巨大な映像メディアですが、そこには大きなタブーも存在します。当然のことかもしれませんが、広告主や視聴率に悪い影響をもたらすもの、特定の業界から強い反発が予想されるような自らの立場を危うくするテーマをなかなか取り扱いません。しかし私たちは小さな市民メディアとして、テレビが取り上げないドキュメンタリー作品こそ大切にしたいと考えています。

「衝撃」「感動」「覚醒」… 優れたドキュメンタリーがあなたを揺さぶる。
優れたドキュメンタリーは、あなたに驚くほどの衝撃を与えることでしょう。それは今までの人生で築き上げられた価値観が壊れてしまうこともあるほどのものです。また作品によっては深い感動や共感を抱くこともあるでしょう。それが激しい怒りや悲しみ、絶望かもしれません。しかし、私たちが一つのドキュメンタリーと向き合うことで、新しい何かが生まれていきます。ドキュメンタリーは、私たちを奮い立たせるエネルギーを与えてくれます。自らの生き方を問い直すきっかけになるかもしれません。

毎月厳選してお届けする〝特集編成〟と〝オリジナル解説〟
私たちは作品の価値を高めるために、複数の作品を組み合わせて視聴することをお勧めしています。それが特集編成です。またそれぞれの作品について、今見る価値をしっかりお伝えし、過去の作品であっても、そこから得られるものがいかに大きいかをわかりやすく解説いたします。

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<関連おすすめ書籍>
■〝アジア″をもっと知る本■

『バタイユ エコノミーと贈与 極限の思想』(著:佐々木雄大/発刊:講談社)

バタイユの思想を、一貫して「エコノミー」という観点から読解。「エコノミー」とは、単に経済をさす概念ではない。人間は計算も見返りもなく贈与することができる。このような消尽も含めた人間の全体性の考察こそがバタイユのエコノミー論だった。人間の意識が極限に至ることで、生産から消費へ、有用性から栄光へ、〈俗なるもの〉から〈聖なるもの〉へと転倒が生じるという、バタイユ思想の根幹を明らかにする従来にない鮮烈な論考!

 


堀行丈治

堀行丈治[ぶるぼん企画室]

原稿屋「ぶるぼん企画室」代表。ウェブマガジン「INTERVIEW JAPAN」を運営。読書よりも執筆が、見ることよりも撮ることが好き。仕事の傍らで小説も書いている。第2回庄原文芸大賞・短編小説の部佳作「返納」は、Amazon Kindleで発売中。

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