コラム 2021/10/01

少数民族のアイデンティティを揺るがす、彼らの日常【アジアンドキュメンタリーズ】ライターの清水浩司さんが『いつか故郷へ ―カレン族の闘争―』を語る

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アジアの優れたドキュメンタリー映像を配信する「アジアンドキュメンタリーズ」。戦争、貧困、環境、人権など、アジアの社会問題に鋭く切り込んだラインナップが特徴だ。その作品の魅力を発信するべく実現した、FLAG!とのコラボレーション企画「映像と本で知るアジアの現実」第8弾。

今回はライター、編集者、小説家でもある清水浩司さんが『いつか故郷へ ―カレン族の闘争―』を視聴。ヒップホップ音楽で自らのアイデンティティを発信する若者たちの現実について語ってもらった。

いつか故郷へ ―カレン族の闘争― 【日本初公開】

【作品内容】
ミャンマーの主要な少数民族カレン族は、1948年の国家独立以来、国軍と闘争中で、その戦いは“世界で最も長く続く内戦”とも言われる。多くのカレン族はタイへ逃れ、戦いが収まる日を待っているという。彼らの多くは、故郷を知らず、それでもいつかその地へ戻ることを望んでいる。本作は、タイの首都バンコクで暮らす40万人のミャンマー移民のなかで、カレン族のヒップホップ・グループ“ラップ・4・カレン”のメンバーたちの日常を追いながら、彼らの生活と心情を通して、ミャンマー軍事政権と少数民族との戦いが生み出している実態を浮き彫りにしていくドキュメンタリー映画。彼らにとっての故郷は、決してミャンマーでも、ビルマでもなく、彼らの土地「カレン」(現在はカイン)なのだ。

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若者たちの背景にあるヒップホップの原点

ライター、編集者、小説家でもある清水浩司さん

――この作品を選んだのはなぜですか
ミャンマーの内戦からタイに逃れてきたカレン族の男の子たちがヒップホップ・グループとして活動しています。

僕は音楽が好きで、音楽ライターでもあるので、何か共通点やリアリティを感じられたらと思いました。

まったく知らない世界を観るのもすごく楽しいのですが、どこかに自分が入り込めるテーマがあるとより深く楽しめます。

――日本のヒップホップ・グループの若者たちと彼らとの共通点はありましたか。
トラックを聴けば、日本語でも英語でもフィットするような楽曲でした。

ヒップホップやラップカルチャーが若い人たちに支持されているのは、日本もタイも一緒なのですね。

もっと「タイならでは」のヒップホップ音楽が進化しているのではないかという興味もあったのですが、これに関しては皆無で、逆に世界中の音楽が均一化していることを感じました。

もちろん彼らには、もっと政治的な、シリアスな背景があるのですが。

――歌詞にそういったメッセージが込められている曲も作品中で流れていました。
自分たちと同じ部分と違う部分を見つけていくのが、異国のものを見るひとつの手法だと僕は思っています。

表面上は日本と同じに見えても、彼らの背景には歌う理由がある。

自分たちカレン族のアイデンティティだったり、虐げられている状況だったり。

アメリカでヒップホップが誕生したときも、黒人の権利や立場を主張するという、政治的、社会的な側面がありました。

彼らもそこは引き継いでいると感じました。

音楽の力で社会を変えようとすることは、ヒップホップの原点なのかもしれないですね。

とはいえ、作品中で彼らの音楽性や政治的メッセージを感じる部分はほんのわずかです。

 

都会暮らしの中で遠ざかる故郷

――むしろ彼らの暮らしぶりに密着していましたね
サブタイトルに『カレン族の闘争』とありますが、主人公の男の子たちの現実は闘争という言葉が似合わないくらいフワッとしているんです(笑)。

国境近くの街で貧しい生活を送り、いつかは故郷のカレンに帰りたいと思いながらも帰れない。

都会へ出稼ぎに行って、いつしかそこに根を張る。

故郷のことを想いつつ、今の生活から離れられなくなっていくところは、日本でもよくあることでしょうね。

――ふるさとがどんどん遠くなる現実というのが見えました
もちろん監督の描き方だとは思いますが、この作品の中では、音楽活動の場面は少しだけで、あとは彼女と遊んだり、昔の友達と夏祭りにいったり。

主人公があまりにピュアな好青年で、「おまえ本当に自分の将来や、カレン族のこと本気で考えてるの!?」って問い詰めたくなるくらい、どんどん流されてしまう感じがすごくリアルだなぁと感じました(笑)。

 

仮想の旅から新たな関心が生まれる


――ミャンマーやタイについてはどんな印象をお持ちですか
外国映画を観る楽しみの中には「風景を見る」ということもあって、ちょっとした仮想の旅をしている気分になるんですよね。

僕は昔、バックパッカーで、タイに1カ月くらいいたことがあるんです。

かつて旅した地域を再訪するわけではありませんが、映画を観ながら「メソトってどこだろう」と、地図で確認しながら旅気分を味わいました。

――ミャンマーはクーデターもあって、世界の注目を浴びる地域になっていますね
その辺のお国柄や関係性も気になります。

作品を観るまで、カレン族のことはまったく知りませんでした。

こういった事実を知ると、その国や地域のことに関心が湧きますし、そこにいる人たちと自分たちとの類似点や相違点にも気づきますよね。

 

抗えない現実に流された果てに


――作品の中で一番印象に残ったことは何ですか
言葉は乱暴ですけど「だらしなさ」ってどこの国でも一緒なのだと思いました。

都会の一室に行き場のない若者たちが集まって、お菓子を食べながら雑魚寝みたいにしてダラダラすごしているわけですよ。

で、近くにいる誰かとデキちゃって、結婚して、自分の夢はあっさりと諦めて、普通に会社に就職して、子どもが生まれて……。

こっちは、背中にタトゥーまで入れた「カレン族の存在をラップで発信する」という夢はどうなったの!?-―って聞きたくなるけど、それってすごくリアルな現実だと思うんです。

ラップのグループもみんなそのうち家族ができて、離れ離れになって、きっと夢も消えて母ちゃんの尻に敷かれていくんだろうなぁと。

それが切なくて個人的には愛おしかったですね。

ドキュメンタリーなのにフィクション小説のキャラクターのように、彼ら一人一人にストーリーを感じます。

――移民の彼らがいつの間にかタイに同化して、アイデンティティが薄くなっていくのは、仕方がないことかもしれません
いつか故郷へという思いはあるけど、どんどん流されていく。

帰りたいと思っていても変わっていく。

「♪変わってくぼくを許して」と思っているのかどうかは分かりませんが、まるでカレン族版の『木綿のハンカチーフ』だなと感じました(笑)。

もっとコアに彼らのヒップホップ活動を追うこともできたのでしょうが、あえてメリハリを付けずに、男の子の生活の変化を時間軸で追うことで、抗えない現実を淡々と描いています。

だからこそ、あとあとまで深く印象に残る作品になったのでしょう。

 

■語り部プロフィール■
清水浩司(しみず・こうじ)
フリーランスのライター/編集者として音楽/映画/文学などを中心に活動。闘病する妻を看取った経験を基に発表した書籍『がんフーフー日記』(小学館)が話題となり、2015年に映画化。2018年、編小説『愛と勇気を、分けてくれないか』(小学館)で第9回広島本大賞を受賞。現在は取材、執筆、書籍の構成・編集、講演の他、ラジオのパーソナリティやテレビのコメンテーターとしても活躍中。

■今回見たドキュメンタリー映画■
『いつか故郷へ ―カレン族の闘争― 【日本初公開】』
アジアンドキュメンタリーズにて配信中


『いつか故郷へ ―カレン族の闘争― 【日本初公開】』
2018年製作/作品時間83分
撮影地:タイ、ミャンマー
製作国:ベルギー

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アジアンドキュメンタリーズとは

株式会社アジアンドキュメンタリーズは、優れたアジアのドキュメンタリーを世界へ配信し、アジアでドキュメンタリー制作者ネットワークの構築をめざす日本の新しい映像配信会社です。配信するコンテンツは、アジア各国で作られたドキュメンタリー映画を中心に、当社オリジナルのコンテンツもラインナップに加えていきます。

テレビでは放送されない、タブーに切り込む作品の数々。

テレビは人々が信頼を寄せる巨大な映像メディアですが、そこには大きなタブーも存在します。当然のことかもしれませんが、広告主や視聴率に悪い影響をもたらすもの、特定の業界から強い反発が予想されるような自らの立場を危うくするテーマをなかなか取り扱いません。しかし私たちは小さな市民メディアとして、テレビが取り上げないドキュメンタリー作品こそ大切にしたいと考えています。

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優れたドキュメンタリーは、あなたに驚くほどの衝撃を与えることでしょう。それは今までの人生で築き上げられた価値観が壊れてしまうこともあるほどのものです。また作品によっては深い感動や共感を抱くこともあるでしょう。それが激しい怒りや悲しみ、絶望かもしれません。しかし、私たちが一つのドキュメンタリーと向き合うことで、新しい何かが生まれていきます。ドキュメンタリーは、私たちを奮い立たせるエネルギーを与えてくれます。自らの生き方を問い直すきっかけになるかもしれません。

毎月厳選してお届けする〝特集編成〟と〝オリジナル解説〟
私たちは作品の価値を高めるために、複数の作品を組み合わせて視聴することをお勧めしています。それが特集編成です。またそれぞれの作品について、今見る価値をしっかりお伝えし、過去の作品であっても、そこから得られるものがいかに大きいかをわかりやすく解説いたします。

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<関連おすすめ書籍>
■アジアをもっと知る本■

『ヒップホップ・モンゴリア: 韻がつむぐ人類学』(著/島村一平 発刊・発売/青土社 )

周縁」に響く怒りの韻(ライム)。知られざるモンゴルのリアル。
青空と草原の遊牧民の国――それは理想化されたモンゴル像に過ぎない。都市化と開発が進み、そしてヒップホップ、ラップが深く浸透した「ヒップホップ・モンゴリア」でもある。ラップの盛況ぶりからは、口承文芸・伝統宗教との接点、社会主義による近代化によって生じたねじれ、民主化以降の西側へのコンプレックスとナショナリズム、ゲットーから放たれる格差への怒りが見えてくる。新自由主義に翻弄され「周縁」に置かれた国家のリアルをすくい取り、叫びを韻に込めるラッパーたちの息遣いを伝える異色の人類学ドキュメント。


堀行丈治

堀行丈治[ぶるぼん企画室]

原稿屋「ぶるぼん企画室」代表。ウェブマガジン「INTERVIEW JAPAN」を運営。読書よりも執筆が、見ることよりも撮ることが好き。仕事の傍らで小説も書いている。第2回庄原文芸大賞・短編小説の部佳作「返納」は、Amazon Kindleで発売中。

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