コラム 2021/08/06

虐殺者たちの正義の果てに、想像を超えた現実が見えてくる【アジアンドキュメンタリーズ】TVCM監督・映画監督の宮川博至さんが『アクト・オブ・キリング』を語る

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アジアの優れたドキュメンタリー映像を配信する「アジアンドキュメンタリーズ」。戦争、貧困、環境、人権など、アジアの社会問題に鋭く切り込んだラインナップが特徴だ。その作品の魅力を発信するべく実現した、FLAG!とのコラボレーション企画第6弾。今回はTVCM監督・映画監督の宮川博至さんが『アクト・オブ・キリング』を視聴。大虐殺の加害者たちが描いた「人間の闇」について語ってもらった。

アクト・オブ・キリング

【作品内容】
60年代のインドネシアで密かに行われた100万人規模の大虐殺。その実行者たちに「あなたたち自身で、カメラの前で演じてみませんか」と持ちかけ、過去の行為を再現させた。映画スターを気取ったように、身振り手振りで殺人の様子を詳細に演じてみせる男たち。しかし、その再演は、彼らにある変化をもたらしていく……。

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ユニークな構図と展開の妙に見応えを感じる

TVCM監督・映画監督の宮川博至さん

――この作品を選んだ理由を教えてください
知人に作品の話を聞いたことがあり、以前から気にはなっていましたが、作品紹介を読んでさらに興味が湧いたんです。「映画を作っている人を撮って映画を作る」という構図のユニークさに惹かれました。あらすじだけだとキャッチーな作品に思えましたが、それだけではありません。ものすごい人間模様と歴史、社会が複雑に絡み合った作品でした。

――観終えての率直な感想はいかがでしたか
映像を作っている者の視点から見ると、ものすごく上手くできています。「虐殺者側に映画を作らせ、その過程を追う」というネタは、監督の計算通りに展開したのではないでしょうか。主人公のアンワルに罪の意識が芽生えてくることを、想定はしていたと思うのですが、そのはまり方を見るとすごくいいネタを渡したんだなと思います。
もう一つ、多くの場面で「言葉の勝負」が見られ、時にアンワルたちを怒らせて本音を引き出していたところも見応えがありました。

 

殺人者と人間の狭間にある狂気

――作風はほのぼのとしているのに、やっていることは際限なく恐ろしかったですね。
作品冒頭の振り返りでアンワルが殺害現場を訪れたとき、アルコールやマリファナで忘れようとしたと言っていました。当時、彼にも罪の意識があってそれをごまかそうとしていたのかと思ったら、いきなり笑いながらチャチャを踊りだす…底知れない怖さを感じました。

――仲間たちと彼とのスタンスの違いも見えました。
いいシーンが挿入されています。子どもがアヒルの世話をするシーンでは、アンワルにそれまで感じられなかった優しさが見える。人間味がないように描かれるアンワルが、子どもたちには優しいんですよね。それが後半の人間性を取り戻す場面につながったのだと思います。殺人者から人間に戻るプロセスは、作り物のドラマではなくドキュメンタリーだからこそできたのではないでしょうか。ドラマの設定よりリアルのほうが、想像を超えていました。
一方では残忍さも隠さない。彼の作品のラストでは共産主義者に「死なせてくれてありがとう」と言わせています。


――作品の一番の見どころは?
過去に起こした大量殺人を再現して、楽しそうにしている男たちの心境の変化の面白さ。歴史の回想と映画制作という、二重のドキュメンタリーです。こちらから「やって」と呼びかけたことから変わっていく。仕掛け方から面白い。

――それを知ってもう一度観ると、さらに深みが増すかもしれませんね
アンワルの作品とセットで観たいです。彼がどういうものを作ったのか、とても気になります。そして、あれだけ経済発展している国がこんなに残酷なことをしていたなんて、本当に驚きました。当時も共産主義は違法ではなかったのに、自警団を組んで、「共産主義者はさらって殺す」という思想は我々の想像を超えています。

 

正義と悪は歴史が作るもの


――「悪の正体」って、何だと感じましたか?
アンワルたちは自らの正義のもとに行動しました。作品中で「死んだ人間を悪者にするのは簡単」という言葉がありましたが、本当にそう思います。歴史はそうして作られてきた。何を悪とするか、どこに視点を持つか、「人殺しは悪」という原罪のような意識はあって後悔もしていると思うが、当時はそうではなかったのでしょうね。

――逆に今の感覚で裁けば悪、ということですね
アンワルが罪の意識を感じているところに、作品の一番の救いがあります。もともとのスタートは歴史を知ってもらおうということでした。その時点ではアンワルの中で正義だったのでしょう。周囲の人たちにとっても正義だし、その事実を残そうとしてきた。昔の仲間の多くも出世していて、自分は間違っていなかったと思っていても、被害者の役に入ったとたんに「これって正義だったのか」という種が生まれたのだと思います。

 

演じることは、その役の人生を辿ること


――演技が役者の人間性に影響を与えることはあるのですか
あると思います。役者さんと話していても、「演じる役の人の、人生の一部を映画やCMで切り取っているだけ」と言います。役の人の人生の縮図を演じるということは、被害者の役をやれば、被害者の人生がアンワルの中に入ってくるということ。アンワルが共産主義者の役で首を絞められるシーンがあり、「尊厳が踏みにじられた」と振り返っていました。あの瞬間に、被害者の人生が彼の中に入ってきた感じがします。
作品のリアリティを求めてきたからこそ、彼の中に被害者の苦痛が入ってきた。それだけ本気で撮っていたのだと思います。撮影が終わってアンワルが嘔吐した場面は、本当に向き合った瞬間だと思います。アンワルはその後、2019年まで生きたはずなので、後の人生も見たかった。自分の罪と向き合い、どう生きていったのか、大変興味深いです。

 

■語り部プロフィール■
宮川博至(みやがわひろゆき)
1980年生まれ。広島を拠点にCMディレクター、映画監督として活躍中。短編初監督作品、「あの夏、やさしい風」(2015年)でJIM×JIMアワード大賞。中編作品「テロルンとルンルン」(2018年)は、中之島映画祭グランプリ他、国内外で多くの賞を受賞している。株式会社バズクロウ代表取締役。

■今回見たドキュメンタリー映画■
『アクト・オブ・キリング』
アジアンドキュメンタリーズにて配信中


『アクト・オブ・キリング』
2012年製作/イギリス・デンマーク・ノルウェー/作品時間166分/PG12(自主規制)

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月額990円(税込)で全作品見放題 / 作品ごとの視聴は495円(税込)

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アジアンドキュメンタリーズとは

株式会社アジアンドキュメンタリーズは、優れたアジアのドキュメンタリーを世界へ配信し、アジアでドキュメンタリー制作者ネットワークの構築をめざす日本の新しい映像配信会社です。配信するコンテンツは、アジア各国で作られたドキュメンタリー映画を中心に、当社オリジナルのコンテンツもラインナップに加えていきます。

テレビでは放送されない、タブーに切り込む作品の数々。

テレビは人々が信頼を寄せる巨大な映像メディアですが、そこには大きなタブーも存在します。当然のことかもしれませんが、広告主や視聴率に悪い影響をもたらすもの、特定の業界から強い反発が予想されるような自らの立場を危うくするテーマをなかなか取り扱いません。しかし私たちは小さな市民メディアとして、テレビが取り上げないドキュメンタリー作品こそ大切にしたいと考えています。

「衝撃」「感動」「覚醒」… 優れたドキュメンタリーがあなたを揺さぶる。
優れたドキュメンタリーは、あなたに驚くほどの衝撃を与えることでしょう。それは今までの人生で築き上げられた価値観が壊れてしまうこともあるほどのものです。また作品によっては深い感動や共感を抱くこともあるでしょう。それが激しい怒りや悲しみ、絶望かもしれません。しかし、私たちが一つのドキュメンタリーと向き合うことで、新しい何かが生まれていきます。ドキュメンタリーは、私たちを奮い立たせるエネルギーを与えてくれます。自らの生き方を問い直すきっかけになるかもしれません。

毎月厳選してお届けする〝特集編成〟と〝オリジナル解説〟
私たちは作品の価値を高めるために、複数の作品を組み合わせて視聴することをお勧めしています。それが特集編成です。またそれぞれの作品について、今見る価値をしっかりお伝えし、過去の作品であっても、そこから得られるものがいかに大きいかをわかりやすく解説いたします。

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<関連おすすめ書籍>
■アジアをもっと知る本■

『インドネシア大虐殺 二つのクーデターと史上最大級の惨劇 』(著/倉沢愛子 発刊・発売/中公新書 )

1960年代後半、インドネシアで2つのクーデターが発生した。事件の起きた日付から、前者は9・30事件、後者は3・11政変と呼ばれる。一連の事件が引き金となって、独立の英雄スカルノは失脚し、スハルト政権が誕生することになる。権力闘争が絡んだ事件の裏で、最大200万人とも言われる市民が巻き添えとなり、残酷な手口で虐殺された。本書では、今なお多くの謎が残される史上最大級の虐殺の真相に、長年の現地調査と最新資料から迫る。


堀行丈治

堀行丈治[ぶるぼん企画室]

原稿屋「ぶるぼん企画室」代表。ウェブマガジン「INTERVIEW JAPAN」を運営。読書よりも執筆が、見ることよりも撮ることが好き。仕事の傍らで小説も書いている。第2回庄原文芸大賞・短編小説の部佳作「返納」は、Amazon Kindleで発売中。

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