インドの群衆の中にいるような疑似体験【アジアンドキュメンタリーズ】蔵本健太郎が語る『聖者たちの食卓』
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アジアの優れたドキュメンタリー映像を配信する「アジアンドキュメンタリーズ」。
戦争、貧困、環境、人権など、アジアの社会問題に鋭く切り込んだラインナップが特徴だ。
その作品の魅力を発信するべく実現した、FLAG!とのコラボレーション企画第4弾。
今回は映画館「サロンシネマ」「八丁座」を運営する序破急の支配人、蔵本健太郎さんが「聖者たちの食卓」を視聴。
パックパッカーとしてインドを旅した経験を持つ蔵本さんに、作品からあふれるインドの奥深さについて語ってもらった。
【作品内容】
「聖者たちの食卓」
監督/フィリップ・ウィチュス、バレリー・ベルト
2014年公開/ベルギー/作品時間65分
▶インドのシク教総本山ハリマンディル・サーヒブで、毎日無料で振る舞われる約10万食の食事がどのように用意され人々を満たしているのか、舞台裏をドキュメント。
無限に広がる解釈。押しつけのない自由な作品

▲「序破急」支配人の蔵本健太郎さん
――この作品を選んだ理由を聞かせてください。
サロンシネマが毎年行っている「食と農の映画祭inひろしま」で2014年に公開し、大きな反響があった作品です。ただカレーを作って食べて片付けるという、インドの寺院の一日。そのシンプルさに、とても好感を持ちました。ナレーションなし、テロップもほとんどなし、BGMは最小限。自分の目で見て、思うままに感じ取ればいい。シンプルでいて自由。ともすれば「内容がない」と思われかねないのですが、逆に解釈の仕方は無限という懐の深さ。インドという国の奥深さを、食事のシーンだけで表しています。
――観る側に解釈を委ねているのですね。
主張を押しつけるような作品は、個人的に苦手なんです。この作品が見せてくれるのは、ただの日常。群衆が主人公で淡々と進行しています。「あれはいったい何だったのか」という難解さもありません。おいしそうだなあと思うだけでもいいし、突き詰めて宗教について調べるのもいい。こういった映画はとても珍しいですね。
秩序と粗雑さに、インドのスケールを感じる

――どのあたりに、インドの奥深さやインドらしさを感じますか。
作品の舞台である「無料食堂」は、一日に10万人分の食事を500年以上も提供し続け、それがすべてボランティアでまかなわれています。まるで、すし詰めのような、ものすごい人の数なのに秩序が保たれています。貧しい人も裕福な人もいて、それでもなんとなく社会が成り立っていて、みんな幸せそうに見える。インドという国の日常が、この映画だけでもじゅうぶん伝わってきます。
――印象に残っている場面はありますか。
面白かったのは、ナチュラルなエンタメというか、調理中にチャパティを投げるシーンや、食べ終わった後の食器が洗い場に次々と投げ込まれるシーンを、わざわざ撮っているところ。絵的にすごく面白いですよね。でも、それが日常なのだという面白さ。秩序の中に粗雑な部分も見え隠れして、かつてインドの街を歩いた時と同質の驚きも感じました。
――たしかにちょっと雑なところがありましたね。
雑ですが、それで全てが成り立っていて、みんな楽しそうですよね。誰が仕切っているのだろうかと思うけれど、みんなごく自然に淡々と……。中には居眠りする人、怠けているような人もいるのがインドっぽくて面白い。グラウンド整備に使うような大きな水かきで掃除したり、人が鍋の中に入って磨いたり、何もかもが見たことがない世界です。これがインドのスケールなのだなと思いました。
映像だからこそできる「その場にいる」体験

――映像がとても美しかったですね。
ベルギーの夫婦による制作でしたね。夫が映画監督兼料理評論家で、夫人はフォトジャーナリスト兼映像作家。寺院はもちろんですけど、料理を作るシーンも片づけるシーンも美しいですよね。撮り方も真上からのアングルや、引いたり寄ったりのカメラワークが上手いなと思いました。何気ないシーンに映り込む人たちの表情や民族衣装も美しかったです。写真家ならではの場面描写ではないでしょうか。
――いわば全員脇役なのですが、一人一人の存在感もありました。
監督夫妻がこの場面に遭遇して、「この感動を世界に伝えたい」という思いに駆られたのだと知りました。ドキュメンタリーは被写体との出会いと言われますが、まさにその衝動がひしひしと伝わってきます。寺院の一日を65分にまとめているだけに見えて、実は作り方がとても丁寧。ロケハンに3週間、撮影には1か月かかっています。それを一日の出来事に見せる編集技術には脱帽です。
――この作品の最大の魅力は何でしょうか。
この映画は、ほぼ映像だけの作品ですが、映像でなければできないことを見事に表現しています。その場にいるのかと錯覚を起こすほどのカメラワーク。自分がカレーを作って食べて、皿を片づけているような、疑似体験型の映画です。よく「映画は主人公になりきる体験」と言われますが、この作品では主人公ではなく「自分自身がその場にいるような体験」ができます。ドキュメンタリーの中でも稀有な作品ではないでしょうか。
■語り部プロフィール■
蔵本健太郎(くらもと・けんたろう)
1977年生まれ。映画館「サロンシネマ」「八丁座」を運営する株式会社序破急 支配人。東京のグラフィックデザイン会社勤務を経て、2004年入社。2010年より支配人。メジャー、マイナーを問わず良作を上映する「映画のセレクトショップ」を目指している。
広島T-SITE 広島 蔦屋書店 文芸コンシェルジュ
江藤 宏樹(えとう・ひろき)さん厳選書籍
■インドをもっと知る本■
『ドキュメント・インド発見―日々逍遥の記録‐この世とあの世の境なし』(著者:木下勇作/発売:風詠社 )
聖なる河、輪廻転生、永遠の時間…それはどこかで見たような懐かしい安らぎの光景だった。一カ月の滞在の折々に綴った「インド3部作」シリーズの第2作。著者は日本経済新聞社の記者だった経歴を持ち、記事のように簡潔な言葉でわかりやすく、淡々とインドの日常が書かれている。
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