コラム 2021/05/07

いま問われているのは、私たちの倫理観【アジアンドキュメンタリーズ】安彦恵里香が語る『 ラッカは静かに虐殺されている 』

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アジアの優れたドキュメンタリー映像を配信する「アジアンドキュメンタリーズ」。戦争、貧困、環境、人権など、アジアの社会問題に鋭く切り込んだラインナップが特徴だ。その作品の魅力を発信するべく実現した、FLAG!とのコラボレーション企画第3弾。今回はソーシャルブックカフェ「ハチドリ舎」店主の安彦恵里香さんが『ラッカは静かに虐殺されている』を視聴。作品レビューとともに、思想や人権、難民問題について語る。

『 ラッカは静かに虐殺されている 』
アジアンドキュメンタリーズで配信中

【作品内容】
21世紀最大の人道危機と言われるシリア内戦。2014年6月、その内戦において過激思想と武力で勢力を拡大する「イスラム国」(IS)がシリア北部の街ラッカを制圧した。海外メディアも報じることができない惨状を国際社会に伝えるため、市民ジャーナリスト集団“RBSS”(Raqqa is Being Slaughtered Silently/ラッカは静かに虐殺されている)が秘密裡に結成された。彼らはスマホを武器に「街の真実」を次々とSNSに投稿。そのショッキングな映像に世界が騒然となるも、RBSSの発信力に脅威を感じたISはメンバーの暗殺計画に乗り出す。

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内戦が続くシリアの現実から、原因にも目を向けて

今回の視聴者:安彦恵里香さん(ハチドリ舎店主)

――この作品を選んだのはなぜですか?

シリアで内戦が始まってから10年、いまだに収束の気配はなく死者も出続けています。当初からずっと気になっていました。一時期は話題に挙がることも多く、皆が注目していました。

その時にも感じたことなのですが、いろいろな勢力が入り乱れていて、何をどう考えたらいいのか分からない。殺戮が起きているのに、それには目を向けず、「誰が悪者なのか」といった視点で論じられることが多かったと記憶しています。

10年たっても収束していない中、シリアの現状を、何が起きているのかを知っておかなければいけないと思っていました。

――イスラム情勢について安彦さん自身はどう思っていたのですか。

イスラム社会で起きている対立や紛争、イラクとイランの問題も湾岸戦争も、ISが台頭してきたのも、米ソが軍事介入して、その代理戦争をしてきたから。単に「イスラムが怖い」などと言っている場合ではなく、原因に目を向けるべきではないでしょうか。


――作品を観て、改めて感じたことや気づきがありますか。

ラッカの現状を知ることができました。RBSSのメンバーたちが「ISの支配がどれだけひどいものなのか」を発信する“情報戦争”をしているということが新しい驚きでした。

ただ、その戦いの代償が死であることに、不均衡を感じました。戦いを続けてくれている彼らへの感謝と同時に、状況がまったく良くならないことへの悲しみも。海外で賞をもらうほどの活動であっても、ラッカの惨状は放置されています。

 

「排除の論理」は他国の出来事ではない


――印象に残っているシーンがありますか。

ISの活動で特に、子供たちを洗脳して兵士に育てるという方法が恐ろしかったですね。テロリスト、武装集団に抑止力は効きません。ISの思想は集団が消えても永遠に続くわけですから。

もう一つ、ドイツで極右団体が起こした移民受け入れ反対デモを眺める、シリア難民たちを写した場面。素晴らしい秩序が保たれているドイツでさえこれが起きるのか…と、とても悲しい気持ちになったけれども、日本でも、在日コリアンへの差別的発言やヘイトスピーチをする人たちがいる。こういった選民思想は、新たなISを生み出しかねないと危惧しています。


――似たような思想は私たちの身近にも存在していると。

他国の問題とは思えなかったですね。ドイツのような国でさえ、人が人を排除する。命からがら逃げてきた人に「帰れ」とよく言えるなと、すごく悲しかったです。同じ人間なのだから、人種や国家を超えて助け合わなければならないのに。彼らのやっていることはISと同質です。私たちが問われているのは倫理観ではないでしょうか。

――ショッキングなシーンが多かったので、そちらに目を奪われがちですが、そこから先の「思想」まで見えてくると作品の深みが出ますね。

何も考えずに見れば「ひどいなあ」で終わってしまいます。シリアだってものすごく平和な国だった。それが一瞬にして変わってしまったのです。日本国内でも近隣諸国への対立を煽るような発言が目立ってきている。政治家の発言や外交においても散見されるようになった。

しかし、対立や紛争が起きないよう注意しながら慎重にカードを切るのが外交。どの国のどの民族の人であっても、その命を守ることを前提にすすめてほしいと思います。

 

命を懸けることと、生きることの価値


――ラッカの現状について、大手メディアが踏み込めない部分で彼らが発信していました。

それを見てすべてがリアルだと簡単に信じ込まないことも大切です。私はこの作品はリアルだと思っていますが、他の作品で「作られたリアル」を感じたこともあります。

彼らのように、命を懸けて発信してくれる人たちがいること。その状況自体がおかしいけれど、それしかできないということがすごく悲しいのだけれど、悲しさを感じていたいと思っています。「しょうがない」と諦めるようなことはしたくありません。

――私たちがこの作品から何を学び取れると思いますか。

難民認定数の桁違いの低さ(アメリカは2万人以上。日本は40人)からもわかる通り、日本人は難民への理解が足りないと思います。戦火から逃れただけなのに、医者であれ弁護士であれ、難民キャンプに行くと何者でもなくなるんですよ。

肩書も地位も失った、ただの人になってしまうんです。すべて一からやり直し。

けれど、自分ができる仕事もない。そこにあるのは絶望です。(そんな実情も知らず「そうだ難民しよう」などと、難民の少女を描いた画像を出したひどいレイシストの女性もいましたね)。外国人への日本の入管の対応も、ひどく、どうしたら改善できるのかと考えています。


日本では自分にも権利があると思っている子どもが少ないと言われています。「成績が良くないと」「役に立たないと」、何かをしないと価値がないと思っています。何もできなくても生きているだけで価値があることを教わらないんです。

自ら命を絶つ人が年間3万人もいます。これは紛争地よりも多いかもしれません。根底にある人権、権利を学べる環境を作る必要を感じています。

この作品は、遠い国で起きている悲しい出来事としてではなく、いかに自分に置き換えて観られるかが大切。そして、武力ではなく情報で抗うという非暴力の戦い方があることも教えてもらえる良い映画だと思います。

 

■語り部プロフィール■
安彦恵里香(あびこえりか)
Social Book Cafeハチドリ舎店主。NGOピースボートの勤務地が広島になった事がきっかけとなり退職後に移住。2017年7月、広島平和公園近くに「社会とつながること」がテーマのSocial Book Cafeハチドリ舎をオープンし、「6のつく日に語り部さんとお話しよう」など、毎月約30の社会派イベントを開催している。

■今回見たドキュメンタリー映画■
『ラッカは静かに虐殺されている』

『ラッカは静かに虐殺されている』
監督 マシュー・ハイネマン
2017年製作/シリア/作品時間92分

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アジアンドキュメンタリーズとは

株式会社アジアンドキュメンタリーズは、優れたアジアのドキュメンタリーを世界へ配信し、アジアでドキュメンタリー制作者ネットワークの構築をめざす日本の新しい映像配信会社です。配信するコンテンツは、アジア各国で作られたドキュメンタリー映画を中心に、当社オリジナルのコンテンツもラインナップに加えていきます。

テレビでは放送されない、タブーに切り込む作品の数々。

テレビは人々が信頼を寄せる巨大な映像メディアですが、そこには大きなタブーも存在します。当然のことかもしれませんが、広告主や視聴率に悪い影響をもたらすもの、特定の業界から強い反発が予想されるような自らの立場を危うくするテーマをなかなか取り扱いません。しかし私たちは小さな市民メディアとして、テレビが取り上げないドキュメンタリー作品こそ大切にしたいと考えています。

「衝撃」「感動」「覚醒」… 優れたドキュメンタリーがあなたを揺さぶる。
優れたドキュメンタリーは、あなたに驚くほどの衝撃を与えることでしょう。それは今までの人生で築き上げられた価値観が壊れてしまうこともあるほどのものです。また作品によっては深い感動や共感を抱くこともあるでしょう。それが激しい怒りや悲しみ、絶望かもしれません。しかし、私たちが一つのドキュメンタリーと向き合うことで、新しい何かが生まれていきます。ドキュメンタリーは、私たちを奮い立たせるエネルギーを与えてくれます。自らの生き方を問い直すきっかけになるかもしれません。

毎月厳選してお届けする〝特集編成〟と〝オリジナル解説〟
私たちは作品の価値を高めるために、複数の作品を組み合わせて視聴することをお勧めしています。それが特集編成です。またそれぞれの作品について、今見る価値をしっかりお伝えし、過去の作品であっても、そこから得られるものがいかに大きいかをわかりやすく解説いたします。

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<関連おすすめ書籍>
■シリア内戦を知る本■

『わたしの町は戦場になった (シリア内戦下を生きた少女の四年間)』(著者:ラウィック・ミリアム/訳:大林薫/発売:東京創元社)

2016年12月。かつてシリアの経済の中心だったアレッポは、内戦の激戦地となっていた。ジャーナリストのフィリップ・ロブジョワはその町で、ミリアムという13歳の少女とその母親に出会う。2013年にイスラム過激派の反政府組織に住み慣れた場所を奪われていたミリアム。彼女は、2011年から続く内戦下の日記を残していた。何気なく日常を過ごしていた世界があった一方で、シリアでは何が起き、子供たちの生活はどう変わったのか? 少女が内戦下の日々を曇りなき目で綴った記録。フランスでベストセラーになったノンフィクション。

 


堀行丈治

堀行丈治[ぶるぼん企画室]

原稿屋「ぶるぼん企画室」代表。ウェブマガジン「INTERVIEW JAPAN」を運営。読書よりも執筆が、見ることよりも撮ることが好き。仕事の傍らで小説も書いている。第2回庄原文芸大賞・短編小説の部佳作「返納」は、Amazon Kindleで発売中。

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